2017年11月20日月曜日

Google検索を信じることをやめる時が既に来ている




THE VERGE
Adi Robertson
Nov 10, 2017

先週テキサスの教会で起きた銃乱射事件の数時間後に、Goolgle検索は容疑者について嘘の情報をお勧め表示していた、容疑者は急進的なコミュニストでありアンチファシスト運動に関わっているメンバーだというものだ。この言説は殺人容疑者についてのGoogle検索の結果の中に「Twitterで話題」機能で飛び出してくるように表示されいた、この機能は検索結果の最上位でなくても目立つよう表示される。もちろんこれは長い間抱えている問題の最近の一例に過ぎず、一連の似たような誤謬の最新例である。問題のツイートが消される一方で、いつも通りGoogleは検索結果の改善を約束した。しかし必要に応じてGoogleにアルゴリズムを再調整するように指示したところでより大きな問題は解決されない、問題はサーチエンジンが真実を支配しているということである。

複数の調査によると少なくとも理論上はソーシャルメディア上の不確定なニュースを信じる人はごく少数である。しかし長期に渡りGoogleが支配しているサーチエンジンへの信頼度は高水準を維持している。PR会社であるエデルマンの2017年の調査によれば回答者の64%がニュースと情報の検索を信頼していると答えており、2012年の同調査で61%だった時からわずかながら上昇している。伝統的なメディアを信じているという57%を上回っているのは特筆すべきところである。(2012年に行われたピュー研究所による別な調査では66%の人がサーチエンジンの結果は「公平で偏りがない」と信じているとされる、これは2005年の同調査と殆ど変わらない数字である)。研究者ダナ・ボイドは、メディアリテラシーの訓練によって周囲の影響を受けずに何かを調べるということが検索エンジンを使うということと融合してしまっていると言及している。情報源の評価を学習する代わりに「(学生たちは)Googleは信頼できる、WIkipediaはそうではない、と聞かされているのです」。

Googleは競争相手であるAmazonやAppleと同様にこの認識を奨励している、特にバーチャルアシスタントに製品の依存度がますます高まっていることを受けてのことだ。Googleのテキスト主体の検索ページは明らかに問題のあるシステムではあるものの、少なくともGoogle検索が広大なインターネットの世界に直接機能していることが明確になっていて、それは人間が御する上ではより基礎的で便利な道具である。

Googleアシスタントは検索を専門家が助言してくれて信頼できる案内役に変えてしまう。このサービスは、コンピューターに「話しかける」ために特別な命令を学ぶ必要がないことを強調するもので、Googleホームのような製品のデモンストレーションでは簡単な言葉で聞かれた質問の内容を分析し、ユーザーが求めているものを正確に推測して見せるアシスタントの卓越した能力が披露されている。間違った結果が避けられずに出て来る時は、それが毅然と声に出して話されるのを聞くのはウェブページで見るよりもずっと面倒なものである。

検索が圧倒的に正確なものだったとしても、銃乱射事件のような事態の時にほんの幾つかの悪質な検索結果が強調されることは本質的な問題であり、人々がGoogleの言うことは何でも真実であると信じてしまう状態にされているとしたら尚更である。そして、Googleが検索結果について改善を施すたびに、その新しいシステムに適応させるべく取り組むことを待っている人々が存在するのである。

問題のある検索結果について単純にGoogleを恥じ入らせることは実質的にGoogleの土俵に乗っている、例えその目的がGoogleに責任を問うためであったとしてもである。Google検索の理想的な最終型は単なる優れた製品ではなく、神のような全知全能の存在であり、私達の反応によってその枠組みが補強されることになる。そう、Google検索は明らかな嘘や厳然たるリポートの隣に陰謀論を併記するような詐欺的中立を作り出すことを避ければもっと良いものになるはずである。しかし私達は何が現実かを判断するものとして振る舞うGoogle検索や、その他のあらゆるテクノロジカルなシステムの能力を、強調しすぎることに注意しなければならない。

Googleに「フェイクニュース」を止めさせることを求め続ける一方で、私達は検索エンジンのアルゴリズムそのものを信じて依存することを制限する方法を模索するべきである。最近不適切なビデオを表示して批判を受けたYouTube Kidsを検索する代わりに、誰かが厳選したプレイリストを探すことになることを意味しているのかもしれない。危険な誤報の共有を作り出してきた人間主導のニュースキュレーションの信頼を再構築することに焦点を当てることを意味しているのかもしれない。Googleに予測可能で損害を与える方法で失敗した機能については改善ではなく抹消を求めることを意味しているのかもしれない。少なくとも私はGoogleに「Top Stories」カルーセル(検索結果の一番上に「トップニュース」として写真付きで出るもの)について改名か廃止を提案してきた、これは正確性の審査なしに正当性を与えるものである。「Twitterで話題」の強調表示を縮小させることも同様に必要だろう、Googleが強力な人間主導の品質管理を明確にコミットしない限りは。

ここ数年でウェブ媒体の膨大な影響力は過去最も明確になった。議会はGoogle、Facebook、その他のテクノロジー企業を大統領選挙の時にロシアのプロパガンダを拡散しとして厳しく尋問した。The Vergeのリポートで不法なリハビリセンターがGoogleを使って中毒治療を求める人々をターゲットにしていたことが明らかになった。簡単な判断で信頼できない情報源の警告のサインは剥がされてしまう。私達はこれらの機構を高い基準に押し留めておかなければならない。しかし検索のようなものが粗相をした時、私達はGoogleに正しい回答を提示するように言うことができない。私達はGoogleに正しい回答はないという前提で動かないといけないのである。

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