2018年4月24日火曜日

ナタリー・ポートマンがイスラエル-パレスチナ問題の新たな発火点になった理由


ポートマンが「イスラエルのノーベル賞」の授賞式を拒否したことは大きな嵐を巻き起こした


Vox
Zack Beauchamp
Apr 23, 2018

地球上で最も有名なユダヤ人の1人であるナタリー・ポートマンはイスラエルの重要なイベントへの出席を拒否すると発表した。

ポートマンはエルサレムに飛び「ジェネシス・プライズ」を受賞することになっていた。この賞は「ユダヤのノーベル賞」と称されることもあるものだ。金曜日、彼女は急にこの旅行をキャンセルし、「ベンヤミン・ネタニヤフ(イスラエルの首相)を支持した形で出席はしたくない」とインスタグラムの投稿でこの決断を説明している。しかしまだこの賞金200万ドルの賞に関して何が起きているのかはっきりしていない。

有名人がイスラエルの政治的環境を避けることは珍しいことではない。ハリウッドは左派寄りであり、多くの有名人がパレスチナへの支持を明らかにしている。ネタニヤフの政府はイスラエルの歴史上最も右傾化したもので、特にパレスチナ人との軋轢に顕著に現れている。この緊張関係は予想できるものである。

しかしポートマンの場合は全く事情が異なる。彼女はエルサレム生まれのイスラエル市民で、アメリカで育ち、そして今はフランスに住んでいる。ポートマンはイスラエルの擁護者であり、ハーバード大学の学生時代にはユダヤ国家を批判から守る著名な書籍に取り組んだこともあった。彼女は流暢にヘブライ語を話し、2015年にはイスラエルの作家アモス・オズの回想録をヘブライ語で監督、出演して映画化した。

それ故に、ナタリー・ポートマンが抗議を理由にイスラエル行きを取りやめたことは尋常のことではなく、イスラエルの政治家たちも受け流してはいない。ネタニヤフのリクード党のメンバーであるオレン・ハザンはポートマンからイスラエル市民権を剥奪することを求めている。閣僚の1人、エネルギー相のユヴァル・シュタイニッツは彼女の決断を「反ユダヤ主義の現れ」だと話した。

この話は有名人が関わっていることで話題になっているだけの些細な論争には収まらない。これはリベラルなアメリカのユダヤ人たちと右傾化を続けるイスラエル政府との緊張の高まりを表している。ポートマンは炭鉱のカナリアであり、イスラエル政府のパレスチナ人とアフリカからの移民に対する政策によって、彼らの最も自然な外国の友人たちとの関係が徐々に不安定になっていることを警告しているのだ。

なぜナタリー・ポートマンは「イスラエルのノーベル賞」を欠席しようとしているのか


ポートマンの決断の理由は当初一見したものよりも複雑なもののようである。

ジェネシス・プライズから出された声明によると「最近イスラエルで起こっていることは彼女にとって大きな苦痛になっている」とし、更に「彼女は如何なるイスラエルの公的行事への参加も心地よく感じていない」と続く。これはイスラエルとパレスチナ人が住むガザ地区の境界に置ける危機を表しているのだと広く解釈された。この場所では、境界のフェンス近くで時に暴力的な示威活動をするパレスチナ人をイスラエルの兵士が数多く銃撃している。

もしポートマンが完全にガザを理由にイスラエル行きをボイコットしたとすれば、それは驚くべき変化であると言える。過去にイスラエルを隠さずに擁護してきた有名人の1人である彼女が、パレスチナが主導するイスラエルに対する、ボイコット、非投資、制裁(BDS)運動への支持を示唆したことになる。そして事実上、彼女は国際的なパレスチナ擁護の有名人として役割を果すことになる。

しかし、ジェネシス・プライズから出された声明よりも後に投稿されたポートマンのインスタグラムでのコメントはもう少し微妙な説明になっている。第一に、彼女はBDSの支持を明確に否定している。彼女は、ネタニヤフが出席してスピーチをするからという理由で単にイベントを欠席しようとしているだけである。「世界中にいる多くのイスラエル人、ユダヤ人と同じように、私はイスラエルの国家そのものを拒否せずに政府に対し批判的になれるはずです」と彼女は書いている。

第二に、彼女の声明からは、彼女のネタニヤフ政権に対する不満の少なくとも一部は難民政策にあることが伺える。現在イスラエルには大多数がアフリカから、亡命を希望する4万人の未登録の移民が存在している。ネタニヤフの政府は当初の強制送還政策は取りやめたが、4月の初めには難民にイスラエルで恒久的な地位を与えるという国連との合意を破棄し、難民たちを不確定な状態のまま放置している。ポートマンの声明からは、このことが彼女を動揺させた「最近の出来事」であると暗示されているように読みとれる。

「イスラエルは70年前ホロコーストからの難民の避難場所として作られたのです」と彼女は書いている。「しかし今日の過酷な状況に苦しむ人たちに対する誤った扱いは、単純に私のユダヤ人としての価値観に沿うものではありません」

しかし、ここ一ヶ月程度のイスラエルの政治状況だけに焦点を当てていれば真意を見失うことになる。ポートマンは昔からネタニヤフ政権に対して批判的な立場にいる。ネタニヤフが2015年に再選された時、彼女はハリウッドの記者に「非常に、非常に動揺し失望している」と話し、彼が選挙期間中にアラブ人有権者に対し「人種差別的」な発言をしていたことを強く非難した。

実際、彼女の声明には次のような文章が含まれている。「イスラエルについて心配しているからこそ、暴力、腐敗、不平等、権力の濫用に立ち向かわなければならない」。この一文は今回のイベントについてのことだけではなく、ポートマンがより広くネタニヤフ政権に懸念を持っていることを示唆している。これはイスラエル国家をボイコットするということよりも、アメリカのユダヤ人として、そしてイスラエルの市民としてイスラエルの政府に対する懸念を表明してるのである。

しかしこれはこれで大きなことになる。イスラエル国に対するボイコットを支持しているユダヤ人、イスラエル人はごく少数である。しかしネタニヤフ政権に対する意見は分かれている。ポートマンがユダヤ国家に対する敵意ではなく愛情から政府批判に火をつけたことは、更に他のユダヤ人たち、特にアメリカのユダヤ人たちに真剣に受け入れられる可能性がある。

「これは重要な象徴的瞬間です」とコネチカット大学でイスラエル-パレスチナ問題の教授を務めるジェレミー・プレスマンは語る。「彼女はBDS支持者だった、ということにして簡単に片付けられる話ではありません」

ナタリー・ポートマンはイスラエルとアメリカのユダヤ人の剥離を象徴している


これが、ただ1人の人が一時的に立ち上がったということなら特に注目に値するような話ではない。しかし、ポートマンがネタニヤフ政権に対して反旗を翻したということは、イスラエルとアメリカのユダヤ人との間の分断が広く深くなっていることを象徴している。

あるレベルではイスラエルとアメリカのユダヤ人との分断は単純なもので、イスラエルのユダヤ人たちは全体としてアメリカの同輩よりも保守的であるというだけだった。ピュー研究所のデータによると、アメリカのユダヤ人の49%はリベラルであり、8%だけがイスラエルのユダヤ人と同じことを言っているのだという。同様にピュー研究所の調査によると、アメリカのイスラエル人(19%)のほぼ倍の割合のイスラエルのユダヤ人(37%)が自身を政治的に保守的だと評価している。

これは歴史的な経験が大きく異なることが原因になっている。ヘブライ・ユニオン大学のユダヤ教研究所教授、スティーブ・M・コーエンはアメリカのユダヤ人のアイデンティティは「アメリカ社会からの排除の感覚」なのだと話してくれた。イスラエルは長く強固な社会主義政治の伝統を持っていた。しかし、1990年代の和平プロセスが崩壊し第2次インティファーダと呼ばれるパレスチナとの暴力的対立に陥り、2005年になって最終的にイスラエル軍がガザ地区から撤退し、イスラム主義政党ハマスが同地区を占領して終結した。この一連の出来事を経てイスラエル社会は急激に右傾化したのだった。

最近の大統領選挙では、アメリカのユダヤ人の大多数が民主党の候補に投票している。イスラエルの中道左派の労働党は1999年以来選挙で勝利していない。

その結果、アメリカのユダヤ人とイスラエルの政治システムとの剥離はゆっくりだが着実に進んでいる。アメリカのユダヤ人たちはイスラエルを、パレスチナの領土を占領し、パレスチナ人たちの平和的な抗議を武力で破壊する国であり、保守的な正統派ユダヤ教のみを正当なものとして認める国として見るようになってきている。このことはユダヤ教徒にとって聖なる場所である嘆きの壁でリベラルなアメリカのユダヤ人たちのグループが男女一緒に祈りを捧げようとするのが妨げられるような事件となって現れている。

ピュー研究所のデータでは年齢による差が示されている。若いアメリカのユダヤ人には年長の同輩と比べてイスラエルの政治指向に対して懐疑的な人が圧倒的に多い。18歳から29歳までのアメリカのユダヤ人たちは65歳以上の同輩の5倍の割合で、アメリカ合衆国がイスラエルに対して「支持的過ぎる」と考えている。18歳から49歳までのアメリカのユダヤ人の3分の1だけが、イスラエル政府がパレスチナ人との和平を真剣に試みていると信じていて、この数字は50歳以上になると10%大きくなる。

36歳のナタリー・ポートマンはアメリカの若いユダヤ人の最も顕著な存在と言える。イベントへの出席を拒否するという彼女の決断は、単にリベラルなアメリカのユダヤ人と保守的なイスラエルの間の緊張関係を浮かび上がらせるというだけでなく、実際に軋轢を引き起こすものになる。彼女はイスラエル政府に反対の声を上げる意志を持った善良なユダヤ人でありシオニストのロールモデルとして機能を果しているからだ。

こうしたことがイスラエルの政治家、特に右派から彼女のイスラエル市民権を剥奪することを求める声が上がり、何らかの形で反ユダヤ主義者として隅に追いやろうとした理由になっている。彼らはポートマンの存在が、イスラエルにとって最重要の同盟国との軋轢の前触れになることを理由なく恐れているわけではない。

現在イスラエルとイスラエル国外のユダヤ人との間には緊張関係が常に存在している。あらゆるコミュニティには内部に問題があるものだが、パレスチナ人を尊重する人々と、保守的なイスラエル人との分断は今までになく鋭いものになっている。テキサスアーリントン大学の政治科学者ブレント・サスリーはこのことを、イスラエルと国外のユダヤ人との関係は「イスラエルにおける新民族主義/宗教右派の気運の高まりが世界に及ぼす悪影響」の例であると話してくれた。彼に反論するのは難しい。

イスラエル社会の右傾化が続く限り、今回のような事件は続くことになりそうだ。

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