2018年12月4日火曜日

腸内細菌が脳の機能を変化させる


研究者たちは微生物の生態系であるマイクロバイオームが人間の思考と感覚を司る役割りを持っていることを信じている。


The Atlantic
DAVID KOHN
JUN 24, 2015

今では腸内細菌が人間の健康に影響しているという考えは革命的なものではない。そうした微生物が消化、アレルギー、代謝に影響を与えていることは多くの人が知っていることだ。この認識は一般的なものになっていて、腸内細菌で健康を保つための食生活についての本もいくつか出版されている。

しかし、この微生物は更に深く人間の脳にまで影響力を持っている可能性がある。細菌の生態系として知られるマイクロバイオームが人間の思考と感覚をどのように制御しているのかを調査する科学者のグループが増え続けている。人体内に1000以上の異なる種があり数十兆の個体が存在し、全て合わせると1〜3ポンド(約0.5〜1.4kg)程度の重さになる細菌の集合体が、自閉症、不安症、鬱病、その他の精神障害について重要な役割りを果たしている証拠を科学者たちは発見してきている。

「マイクロバイオームと脳との関係性についての興味が爆発した状態です」とロサンゼルスのカリフォルニア大学の消化器学者エメラン・メイヤーは語る。彼は5年間この主題の研究を続けている。

最も興味深い研究が進められているのは自閉症に関するものだ。何十年もの間、医者や患者の親や研究者たちは自閉症患者の4分の3が消化器系の不全、食物アレルギー、グルテン過敏症のような問題を抱えていることに気づいていた。この認識から科学者たちは腸内細菌と自閉症の関係の可能性に着目し、最近のいくつかの研究では自閉症患者のマイクロバイオームがそうでない人と大きく異なっていることを発見している。カリフォルニア工科大学の微生物学者サーキス・マズマニアンはバクテロイデス・フラジリスと呼ばれる一般的な種に注目している。この種は自閉症の子供には少量しか見られない。2年前ジャーナル・セル誌に発表された論文では、マズマニアンは同僚の研究者たちと共に人間から自閉症と同様の症状を持つマウスにバクテロイデス・フラジリスを移植している。この処置によってマウスのマイクロバイオームの構成を変化させ、更に重要なことに行動も改善されたという。マウスは不安的行動がなくなって他のマウスと頻繁に交流するようになり、反復性の行動を見せることが少なくなった。

正確に微生物が病気にどのように作用しているのか、きっかけになっているのか保護する形になっているのか、こうしたことは今だに謎のままになっている。しかし、マズマニアンたちは可能性のある関係性を1つ特定した。硫酸4-エチルフェニルあるいは4EPSと呼ばれる化学物質で、これは腸内細菌によって作られると見られている。彼らは自閉症の症状を持つマウスは他のマウスに比べ血中の4EPSの濃度が40倍もあったことを発見した。4EPSの濃度と脳との関連は依然として不明だが、マウスにこの化合物を注射すると自閉症と似たような症状を示した。

マズマニアンはマイクロバイオームの研究が認められ2012年にマッカーサー・フェローの奨学金を受けている。彼は4EPSについての発見を、どのように微生物が自閉症や他の神経発達症に影響を与えているかを理解する上での「重大な発見の可能性があるもの」だとしている。彼はこれまでの研究結果で少なくとも一部の患者に対しては腸内細菌を調整することが現実的な治療法であり得ることが示唆されていると述べている。「私たちはこうした病気をひっくり返すことができるかもしれません」と彼は言う。「この化合物の生産を止めれば症状が消えるのです。それがマウスの実験で見られたものです」

また、科学者たちは不安症と鬱病に腸内細菌が影響している証拠も集めている。カナダのオンタリオ州ハミルトンにあるマックマスター大学の胃腸病学研究者であるスティーブン・コリンズは二種類の細菌、乳酸菌とビフィズス菌がマウスの不安的行動を減少させることを発見した(マウスがどう感じているかはわからないため「不安症」とは呼ばない)。これらの細菌は人間の腸内にも存在している。コリンズは同僚の研究者たちと、不安的行動を起こす傾向のあるマウスから腸内細菌を収集し、その微生物を落ち着いた傾向のマウスに移植した。その結果、落ち着いた傾向のマウスは不安的行動を示すようになった。

全体としてこの2種類の微生物の両方が腸と脳の関係で主要な役割りを果たしているようである。アイルランドのコーク大学の神経科学者であるジョン・クライアンはこの2つの細菌の鬱病に対する影響を動物を使って実験している。2010年にニューロサイエンス誌に掲載された論文では、彼はマウスにビフィズス菌か抗鬱薬であるレクサプロのどちらかを与えた。その後マウスは、逃げ場のない水槽でどのくらいの時間泳ぎ続けられるか測定するというようなストレスの多い状況でテストをされた(彼らは溺死する前に引き上げられた)。ビフィズス菌とレクサプロは両方共マウスの忍耐力を高める効果があり、ストレスに関係するホルモンを減少させる。また、乳酸菌を用いた実験でも同様の結果が得られている。クライアンは人間に対する実験を試みようとしている(強制水泳実験以外の方法で)。

これまでのところ殆どのマイクロバイオームと脳に関連する研究はマウスを使ったものである。しかし、人間を巻き込んだ研究も既にいくつか存在する。例えば、昨年(2014)コリンズは、腸内に細菌を持たないように注意深く育てられた無菌状態のマウスに不安症の人間から腸内細菌を移植している。移植の後、マウスは不安的な行動を見せるようになった。

他には細菌だけでなく人間全体を使った調査も行われている。2015年5月にサイコファーマコロジー誌に掲載されたオックスフォード大学の神経生物学者フィル・バーネットよる論文では、45人の健康な被験者にプレバイオティクス(腸内細菌を維持するための糖類等)が影響を与えるかどうかを検証している。被験者の一部にはガラクトオリゴ糖又はGOSと呼ばれる糖類を5.5g与え、他の被験者には偽薬を与えた。同じ研究者グループのこれ以前の研究でこの糖類は乳酸菌とビフィズス菌の成長を促すことが確認されており、この2種の細菌を多く有するマウスは脳由来神経栄養因子と呼ばれるものを含む、不安感に影響する神経伝達物質が増量されていることがわかっていた。

この実験ではGOSを摂取したグループの人々にはストレスに関わる主要なホルモンであるコルチゾールの低下が見られた。画面の中に一瞬だけ表示される一連の単語を読み取るテストを実施したところ、GOSを摂取したグループはよりポジティブな情報に集中していた。このテストは不安症や鬱病の段階を測定するのによく用いられるもので、不安症や鬱病を患った人は脅威を感じるものやネガティブな情報に集中する傾向がある。バーネットと同僚たちはこの結果について、被験者の状態は抗鬱薬や抗不安薬を使用したときと類似していると記している。

人間を使った研究でおそらく最もよく知られているものはUCLAのメイヤーが行ったものだ。彼は25人の健康な女性の被験者に対し、そのうち12人に4週間に渡って2日に1回市販のヨーグルトを食べてもらい、それ以外の人たちには食べさせないようにした。ヨーグルトは微生物を含むプロバイオティクスと呼ばれるものであり、この実験では4種類の細菌、ビフィズス菌、レンサ球菌、ラクトコッカス属、乳酸菌が含まれていた。この実験の前と後に被験者に、幸福、悲哀、怒りといった顔の表情の映像を見せ、その時の被験者の脳の状態をスキャンした。

2013年にガストロエンテロロジー誌で公開されたこの実験の結果では、2つのグループにはメイヤーも驚くほどの大きな違いが見られた。ヨーグルトを食べ続けたグループはそうでない人たちよりも映像に対してより落ち着いた反応を示した。「この対照は明らかなものでした」とメイヤーは話している。「2日に1回数週間ヨーグルトを食べ続けただけで、何かしら脳に影響を与えるというのは想像を超えていました」。彼はヨーグルトの中の細菌が被験者の腸内細菌の構成を変化させ、脳内の化学反応を調整する化合物が生産されたのだと考えている。

マイクロバイオームがどういう方法で脳に変化を与えるのかはまだ明確にはされていない。微生物は複数の機構を通じて脳に影響を与えていることについては殆どの研究者が一致している。科学者たちは腸内細菌がセロトニン、ドーパミン、γ-アミノ酪酸(GABA)のような神経伝達物質を作り出し、こうしたもの全てが重要な役割りを果たしていることを発見している(殆どの抗鬱薬も同じ化合物を増加させる働きがある)。一部の微生物は人間がこうした化合物を代謝する方法に影響を与え、血液や脳内に循環する量を効果的に調整する。また腸内細菌は、不安症と鬱病の軽減に関係する酪酸のような他の神経活性物質も生産している。クライアンらは腸と脳が通信する主要な線である迷走神経を活性化する微生物の存在も明らかにしている。更に、マイクロバイオームは免疫系と結びついていて、それ自体が気分や行動に影響を与える。

こうした微生物と脳の相関関係も進化の観点から説明される。結局のところ微生物は何百万年も人体の中で生きてきたのだ。クライアンは、少なくとも一部の微生物は時間と共に自身の目的を達するために宿主の行動に影響を与える方法を発達させることになったのだと主張する。宿主の気分を良く保つことは微生物の生存戦略なのである。クライアンは「幸せな人はより社交的になる傾向があります。私たちが社交的になって他人と関わる機会が増えれば微生物も更に他に広がる機会が得られるのです」と説明する。

科学者たちが腸と脳の微生物によるネットワークがどう機能しているのかを更に学ぶことで、精神障害の治療に利用することができるようになるとクライアンは考えている。「こうした細菌は最終的に現在私たちが使っているプロザック(Prozac)やバリウム(Valium)といった抗鬱薬の代わりに使うことができるようになるはずです」と彼は言う。これらの微生物は私たちの脳を調整する意味で長い経験を持っているので、現在の薬理学的なアプローチよりも精密で鋭敏であり副作用が少ない可能性がある。「今後こうした微生物は精神障害の治療方法に現実的に影響を与えるようになると思います」とクライアンは言う。「脳機能を調整するための全く新しい方法なのです」




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