2019年1月15日火曜日

あなたの欠点は自分で思うよりも魅力的に見えているかもしれない


「美しき混乱(Beautiful messes)」は確かに魅力的なものである


The Atlantic
EMILY ESFAHANI SMITH
JAN 9, 2019

この1年の間にニューヨークのルービン美術館を訪れた人は自身の最も深い恐れと望みを明らかにすることになった。美術館は常連の来場者を招待して自分の秘密を上質な皮紙の一片に書き込んで貰い、それを壁に貼り出して特別展示の一部としていた。一方の壁には人々が不安を書き込んだもの、反対側の壁には希望を書き込んだものが貼られた。「自分が孤独死することになるのではないか不安だ」「私は自分が母親になる機会を得られないのではないかと不安だ」「人生は美しく私はすぐに幸せを掴むことになっている。私は希望に溢れている」

「不安と希望の記念碑」と題されたこの展示は2018年の2月から今週の始めまで行われていた。これは匿名の告白のカタログとも言うべきもので、人々が自身の弱点や欠点を進んで晒す場になっていた。「息子たちのための家がないことが不安だ」「私は禁酒に3回も失敗している」「私は人生で周囲の人たち皆を落胆させてばかりいるように感じている」。普通なら拒絶や羞恥の恐れによって公にされることはないような人々の考えが50,000件以上も貼り出されたのだった。

しかし、心理学的な研究によれば、こうした不安は人々の心の中で誇張されることがあるとされる。自分の脆弱な部分に対する自身の認識とそれを他の人がそれをどう解釈しているかは一致しないことが多い。私たちは、周囲に弱みを見せることは自分を弱くて無能で欠陥がある混乱した存在に見せてしまうと考える傾向がある。しかし、他の人が自分の脆弱な部分を見た時、それは何か違う魅力的なものに見えている可能性がある。最近の一連の研究ではこの現象を「美しき混乱効果(the beautiful mess effect)」と呼んでいる。つまり誰でも本音を語ることを恐れるべきではないということだ、少なくとも一定のケースに於いては。

研究者たち(ドイツのマンハイム大学のアンナ・ブルーク、サビーネ・G・ショル、ヘルベルト・ブレス)はこの「美しき混乱効果」の証拠を数百人の被験者の協力を得た6種類の調査によって明らかにした。ヒューストン大学の大学院教授であるブレネー・ブラウンは彼女の著書と公演で人の脆弱性の重要性を世間に広めている。ブラウンの活動にインスパイアされたブルークたちは人の脆弱性を、恐れや危険にも関わらず自分自身を他の人に情緒的に開放する意欲、として定義づけている。この研究では被験者に様々な脆弱な状況を想定して貰う。親友に愛する気持ちを告白する時、恋人との大喧嘩の後に最初に謝る時、職場で同僚たちに重大なミスをしたことを認める時。人々は自分がこのような状況に置かれた場合を想定すると、自分が弱く無能であるように見えると信じる傾向があった。しかし、他の誰かがそのような状況にあることを想定した場合、脆弱な部分を顕にすることを「望ましい」「良い」ものだと表現する傾向があった。

専門誌に発表されたこの研究の結果は、脆弱さが人間らしさを形成しているというブラウンの定性的研究による発見を支持するものであった。「私たちは他の人のありのままの真実や本音を見るのが好きなのです」とブラウンは彼女の著書Daring Greatlyに書いている。「ですが、人に自分のそれを見られることは恐れるのです」

他の調査では、ブルークたちは被験者の学生たちを研究室に招き、彼らを2つのグループに分けた。1つのグループの人々には審査員の前で即興の歌を歌うように求められ、もう一方のグループはその審査員となる。実はこれはただの脅しで、結局誰も歌うことも審査をすることもない。だが、被験者たちはそのことを知る前に脆弱性に関する質問のいくつかに応えさせられる。歌うことになっていたグループの人たちは、脆弱性についてよりネガティブになっていた。「自分が脆弱さを見せたら、他の人々を不快にしてしまうだろう」「自分の弱さを見せることを避けなければならない」。審査員になるはずだったグループは遥かに寛大であり、歌い手の脆弱性を評価するにあたって、彼らが歌うことは「強さ」と「勇気」を表すことになると述べている。

このギャップが存在する理由を確かめるために、ブルークたちは人間の心理が情報を処理する方法についての理論をテストした。そこで彼らは私たちが自身の脆弱性について考える時、それが身近なことであるために私たちはより具体的で現実的になることを発見した。その誇張された視点の下では自身の不完全さがより明確になり、間違いが起きる可能性があるものを全て識別するのが容易になる。しかし、他人の脆弱性について考える時はより遠くて抽象的なものとして捉える。より広い視点で見ることができ、悪い面だけでなく良い面も見ることができるようになる。

ブルークやブラウンの調査は、人々は一般的に他人の脆弱性を称賛する傾向があるという考え支持している。学校や職場でアドバイスや助けを求めるような形で人々が脆弱さを見せる場合、アドバイスをする側の人からはそうした人々はより有能であるように見える。そして、個人的な関係の中で本音を顕にすることは、お互いに恋に落ちることすら可能にする。しかし、美しき混乱というよりも単にそのままの混乱に陥った場合には脆弱であることが裏目に出る場合もある。

古典的な例としては1966年に心理学者のエリオット・アロンソンによって行われた実験がある。アロンソンと彼の同僚は学生たちにクイズ大会のチームメイトの候補者を面接した様子の録音を聞かせた。候補のうち2人は殆どの質問を正しく答えることができて賢く見え、他の2人は質問の30%しか正しく答えることができない。そして、学生の一部には騒々しい食器の音の後に賢い方の候補者の声で「なんてことだ、新しいスーツにコーヒーを零してしまった」と言っているのを聞かせる。別のグループの学生には同じ音を聞かせるが候補者の声は面接で平凡だった方である。その後、学生たちに話を聞くと、賢い候補者が気まずいところを見せた後その候補者を更に好ましく思ったという。しかし、これは平凡な候補者の方にも反対向きに当てはまり、学生たちは彼が脆弱な様子を見せたことで好感度が下がったという。

これは心理学で「プラットフォール効果」として知られている。誰かが脆弱な所を見せたときの反応は、事前にその人をどのように認識しているかによって大きく左右される。失敗したところを見せる前にその人が強くて有能であるように見えていたなら人々は同情的になる。2013年のオスカーで主演女優賞を受け取る時に躓いたジェニファー・ローレンスのように脆弱さが人間らしさを形作る。しかし、その人が元々有能だと思われていない場合には人々は不快な印象を受ける。脆弱さを見せた人は混乱に陥るがそれはなんら美しいものではない。

少なくともアメリカでは、職場では本音で語り「本物」であることを人々に求めるようとする。そうした場所ではプラットフォール効果は特に顕著になる。しかし、最初に能力があることを示していないと、脆弱さを見せることで信頼を失う可能性があるとニューヨーク市立大学リーマン校で教授を務めるリサ・ロシュは言う。例えばロシュが調査したある会社で女性社員が同僚たちに自己紹介する時に自分の資格や教育について話すのではなく、前の晩に病気の子供を世話するために寝ないでいたという話しをした。このせいで彼女は信頼を確立するのに数ヶ月を要することになった。職場で親しみやすくし過ぎことは他の人たちを辟易させて、脆弱な人を貧しく不安定に見えるようにする場合があるのだとロシュは言う。

職場でも日常でも、お互いに共有した時間を経た関係の上で脆弱さを見せるのが安全なようだ。人間関係はお互いに顕にされることと共に成長していく。それでも、実際には脆弱であることに関して本当に安全である方法は何もなく、だからこそ特別な繋がりを可能にするのである。人々が皮紙に希望や不安を書き込んで共有したり、間違いを認めたり、カフェで友達に愛を告白したり、こうしたことはリスクを伴っている。しかし、傷つく可能性は本当の親密な対話への扉を開くのに役立つのである。物事は人の好意からだけでは上手くいかないこともあるが、その行為は貴重で実際に美しいと言えるものになることがある。

「不安と希望の記念碑」をパートナーのジェームズ・A・リーヴスと共に創り上げたアーティストのキャンディ・チャンは「私たちの多くは仲間意識を感じる機会がありません」と言う。「ですが、自分の精神の中のごく個人的な一部を反映した言葉が、他の人の手書きの文字で書かれているのを見ると信じられないくらいの安心感を得ることができます。これは私たちの周りにいる人々それぞれの人間らしさを思い出させてくれるものなのです」

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