2018年3月12日月曜日

ギリシャと「マケドニア」


マケドニア旧ユーゴスラビア共和国は助けを必要としているが、ギリシャ人たちは北方の隣国の呼称について争う姿勢をやめようとしない。


Foreign Policy
YIANNIS BABOULIAS
MARCH 6, 2018

2月4日の日曜日にシンタグマ広場では26年に及ぶ争いの最新の一幕が演じられた。何十万人ものギリシャ市民が国会前に集まり、ギリシャとマケドニア旧ユーゴスラビア共和国(FYROM)との国名に関する争いに決着をつけようとしている交渉に対して抗議の意志を示した。この2周間前にテッサロニキでも同様に何十万人もの人々が通りに出て抗議の行進を行った。そして、この後にはパトラで同様の行動が予定されている。こした抗議運動はまだ始まりの段階であり、おそらくこの夏、ギリシャとFYROMが最終調整に入る頃にピークを迎えることになる。

1992年にユーゴスラビアが分裂して以来、ギリシャは隣国が「マケドニア」の名称を使用することに反対してきた。他の殆どの国がこの国をマケドニア共和国として認識しているという事実があるにも関わらず、この問題につてギリシャが抵抗していることでこの国がNATOに加わる手続も欧州連合に加盟するための作業も停止状態になっている。

理論上解決は難しくない。ギリシャとFYROMは既にFYROMの名称を「ニュー・マケドニア」又は「ノーザン・マケドニア」として認める案について話し合いをしてきた。しかし、先月シンタグマ広場に集まった群衆は、多くのギリシャ市民がどんな形であれ「マケドニア」という言葉が含まれていれば抵抗するということを示した。言い換えるなら彼らはあらゆる外交的解決策について抵抗する構えのようである。広場にクレーンで掲げられた140平方メートルの大ギリシャ国旗の下では「マケドニアはギリシャだ」と人々が声を合わせて叫んでいた。

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歴史と陰謀論


この問題は明らかに感情的なものだが、根本は1992年以来の両国の歴史と政治両方の問題にある。両国に於いてこの問題の周辺には民族主義的な思想が定着している。FYROMでは特にニコラ・グルエフスキが首相の時代に政府が主導して現代のスラブ系マケドニア住民とアレクサンダー大王との直接の結び付きを確立しようとしたが、この件は精査に耐えなかった。一方でギリシャではギリシャ国内のマケドニア地方の簒奪を計画する勢力があると見られている。これはおそらく第二次世界大戦後にヨシップ・ブロズ・チトーとギリシャの共産主義者たちが現在のFYROMとギリシャ北部とをユーゴスラビアの一部とすることを計画していたことが影響している。

しかし現実的に言えばこの両方の説は誤ったものだ。行政地域としてのマケドニアはローマ帝国とビザンツ帝国の時代に現在のFYROMとブルガリアまで広がったが、古代のマケドニア人とそれから約千年後に到着したスラブ系住民との繋がりを確認することはできない。しかし、それから何世紀もの間その地域の人々はギリシャ人、ブルガリア人と呼ばれると同時にマケドニア人とも呼ばれてきた。さらに、FYROMがギリシャのどんな領土でも主張するようなことは不可能だろう、経済的にも軍事的にもこの南方の隣国と比べると極めて小規模だからだ。しかし日曜日の抗議運動の参加者たちの間ではFYROMの憲法にはギリシャの領土についての主張が含まれているという噂がごく普通に信じられていた。FYROMの憲法には国境紛争や隣国に対する要求は全く存在しないという明確な言及があるにも関わらずだ。

それでもこうした言説は収まらない。「彼らは共産主義者なのだと私が言ってるだろう。彼らは全てを売り払ってしまうんだ」私はシンタグマ広場で隣からこんな会話を耳にした。抗議運動に先立ってあらゆる立場の政治家たちが陰謀論を煽り立てていた。ギリシャ議会の野党新民主主義党の国会議員であるソフィア・ヴォウルテプシはインタビューで「ツィプラス首相は借金の形にマケドニアを売り渡そうとしている」と語っている。過去に議会の報道官を務めていた彼女は、BBCは武器商人によって運営されていると非難したことがある。

揺れる政界


妥協への抵抗の象徴となっている左派政治家の話がある。現在92歳の伝説的作曲家ミキス・テオドラキスはギリシャに1967年に出来た軍事政権に対する抵抗運動で広く知られている人物だ。このマケドニア抗議集会の前夜にアナーキストに襲撃され自宅にペイントされたというテオドラキスはこの集会の演説で「そう、私は愛国者で国際主義者だ。私はあらゆる形でのファシズムを軽蔑している、特に最も詐欺的で危険なのは左派が作り出すファシズムだ」と述べた。

これはその名がこの国の左派文化と密接に繋がっている人物の重大な離反であると言える。同時にこの問題によってギリシャに於ける確実性がどのように揺るがされているかも象徴している。与党である急進左派連合スィリザはアメリカからマケドニアとの交渉を纏めるように圧力を受けており、国内の運動は頭痛の種になっている。この連立政権に参加している右派政党独立ギリシャ人はこの問題で政権が崩壊することを望んではいないが、抗議する人たちに同調している。

野党はこの緊張状態を素早く利用しようとした。しかし野党にとってもこの件は問題を引き起こす。保守系新民主主義党の党首で中道右派であるキリアコス・ミツォタキスはこの問題について主導権を確保するのに遅れ、単に「私たちは今この問題に介入するべきではない、将来然るべき時に考える問題だ」と話した。このことで同党の強力な極右会派のリーダーであるアドニス・ゲオルギアディスに注目が集まることになり、「マケドニアという名前が含まれる取引は認められない」という主張を推し進め、抗議者たちの間に瞬く間に広まった。この問題で新民主主義党の右派が新党を結成し、イタリアのポピュリズムで反移民政党北部同盟に続くことになれば、党分裂という恐れも出てきている。

国際的な影響


ギリシャ国内の政治状況は進行中の交渉の影響を受けるかもしれないが、おそらくもっと懸念するべきなのはこの北方の隣国の発展についてである。ギリシャで最も著名な外交政策についてのシンクタンクELIAMEPのディレクターであるタノス・ドコスはForeign Policyに「ロシアが足場を得ようと動いている西バルカンの安定に懸念が存在することはアメリカにとって懸念事項のはずです」と述べた。

与党スィリザの議員で議会の外交委員会を率い、ロンドン大学バークベック・カレッジの法学教授でもあるコスタス・ドウジナスも同調している。「西バルカンは彼ら自身で新民族主義と不安定な政権を成立させる軌道に乗ってしまっています。第一の優先事項はこの地域の地政学的な崩壊を避け、90年代に戻ってしまわないようにすることです」

FYROMは過去10年の政治的安定に対する大きな挑戦に直面している。スキャンダルに陥ったグルエフスキ政権は権力を握り続けるために司法を政治化して、民主化と透明性を要求して抗議した人々を強硬姿勢で取り締まった。一方で国内のスラブ系住民とアルバニア系住民との間の緊張関係は危険な兆候を示しており、2015年には北部の都市クマノヴォで国家自由軍を自称するアルバニア系武装集団が国家警察と武力衝突を起こしている。押し寄せる抗議の波に追われアメリカの支持を失ったと感じたグルエフスキがロシアに外交支援を求めたことで、NATOとEUに警戒を強めさせた。

EUとアメリカが進める解決策はマケドニアをセルビアとともにNATOとEUに取り込もうとするものだ。「EUはバルカン諸国を放置してきたことでこの地域の経済、政治、安全保障について極めて醜い状況が生まれていることを認識したのです」とドコスは述べている。「私たちはこれらの国々について再度EUを広げる可能性を見出そうとしています。それはセルビアとモンテネグロが中心になっていますが、他の国もその意思表示があれば直ぐに扉は開かれるはずです」

FYROMにとってEU加盟は重要な意味を持つことになるが、それはギリシャとの関係が整理された場合にのみ可能になる。クレタ大学の講師でマケドニア問題を専門とするアテナ・スコウラリキはギリシャとの緊張の高まりが「FYROMのEU加盟プログラムに多くの問題を起こしている」と語っている。

しかしギリシャにまだ機会は残されている。FYROMの起源に関する民族主義的な修辞が展開された元凶となっていたグルエフスキは政府に対する汚職についての徹底した調査の中で力を失った。新しい首相とともに国名問題についてもう一度歩み寄りを促そうという雰囲気がFYROMに生まれてきている。

国内政治の泥仕合


しかし、ギリシャの政治家たちがこの機会を利用できるかどうかは全く別な問題だ。ギリシャが「ニューマケドニア」又は「ノーザン・マケドニア」という名称を認める代わりに、FYROMは原則としてアレクサンダー大王や古代マケドニアとの関係について公式に言及することを止めることで合意している。FYROMは既に善意を示すために空港と高速道路の名前を変更している。しかし、このことはギリシャの人々を宥めることにはなってない。これではギリシャのどの政治派閥も批判から逃れられない。

「戦略的なレベルでギリシャ政府の状況への対応は良いものでした。この問題を一度にすべて終わらせる機会だと認識していたわけですから」とタノス・ドコスは言う。しかし彼はギリシャ政府が野党に対して全く歩み寄りを見せず、事前に彼らと何の協議もせずに問題を動かそうとしたことを批判する。「戦術的なレベルでいうと、他の政治政党の理解を得て世論の調整をする、そうした対応をしていないのだと思います。彼らはむしろ野党を出し抜く機会だと見ていた節があります」

しかし政府側の視点から見ると野党新民主主義党は日和見主義に陥っているという。ドウジナスは左派系オンラインメディアEfSynに次のように書いている「新民主主義党は単にこの問題について異論を述べているというだけではなく、(政府の)信頼を損なおうとし暴力的な雰囲気を作ろうとしている。それでは市民が『包囲されて』『脅威に晒された』国でバリケードで守られた家に身を寄せることになりかねない。彼らの目的は『国家の魂』を救うことではなく不安を煽って市民を政府から離反させることにある」

「ギリシャは国家として全てのバルカン諸国を合わせた分の倍のGDPを持っています」とドウジナスは Foreign Policyに語った。「バルカン半島地域が安定することはギリシャにとって大きな利益になります。ギリシャのビジネスとの関わりを考えれば、安定化することでギリシャの経済も勢いづくことになります。私たちは北方の隣国と相互に成長することができますし、彼らのEU加盟への道筋がその証左になるでしょう」

ドコスもこれに同意して、今回の交渉に失敗した場合両国にとって非常に悪い結果になるかもしれないとする。「(もし合意が得られなければ)現在の国名が未来永劫続くことになるかもしれないわけですし、パートナーとなり得る国と仲違いしたままになります。そのまま彼らが他のバルカン諸国と手を組むことをギリシャ人は望まないはずです、バルカン諸国とギリシャは自然な結び付きが強い地域なのですから」

事態は難しくなっている。「私は2周間前より楽観してはいません」ドコスは言う。「私は何かを除外するようなことは言いませんが、この時点で解決に至る見込みがあるとは思えません」。実際今現在歩み寄れる部分を見つけるのは極めて難しい。しかし、どんなにギリシャ市民が感情的になっていたとしても、ギリシャ、EU、NATOにとってこの機会を逃してしまうことはあまりに代償が大きい。

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