2018年11月24日土曜日

髭の歴史


古代エジプトでは髭を剃ることは清潔さと関連付けられていたと考えられている。ギリシャでは髭は権威と知恵の象徴として誇りにされていた。


The Conversation
Lucy Newton
November 23, 2018

芸術の中に人間の顔を記録するのはローマ時代の胸像から15世紀のオランダ絵画まで長い歴史の中で伝統的に行われてきたことだ。こうした肖像画は描かれた人物の権力、威信、富を象徴し、企業や会社も代表者を描写した肖像画を利用してきた。例えば英国の小売銀行では18世紀以降の創業者と歴代頭取の肖像画を収集し、それぞれのロンドンの本社に誇らしげに飾られている。

企業にとってここうした肖像画は個人ではなく組織としての表向きの顔を表しているものだ。しかし、肖像画には興味深い外見上の流行や態度なども現れている。私は同僚のヴィクトリア・バーンズと共に肖像画に関する調査を実施し面白い結果を得た。

Enterprise and Society」誌に掲載された論文に19世紀初頭の銀行のマネージャーたちの肖像画を分析したものがある。この研究では当時新しく出来た株式銀行はごく初期の段階からこうした芸術の価値を認識しており、これを用いて企業としてのアイデンティティを創造し、市場の中で存在を知らしめることに成功していたことが明らかにされている。

Management and Organisational History」誌に掲載されたまた別の論文では、ロイズ銀行が1960年代に歴代頭取の肖像画の収集を始め、本社に飾ることになった顛末を検証している。この調査で目を引いたことの1つは数十年に渡る間の男性の髭のパターンの変化である。近年のファッションではあらゆる形の髭が受け入れられているが、過去を見れば常に全てが受け入れられてきたわけではない。

古代エジプトでは髭を剃ることは清潔さと関連付けられていたと考えられている。ギリシャでは髭は権威と知恵の象徴として誇りにされていた。ローマでは顔面の毛は豪華さや身だしなみの良さとは相反する傾向にあったが、ヴァイキングは戦闘に優れているという評判に加える強面の身だしなみとして巨大な髭を見せびらかしていた。反対に後の軍隊では戦闘中に敵が動きを止めようとして髭を掴んでくる可能性があったために髭は推奨されなかった。

英国では中世からチューダー朝の時代に髭が盛んになった。エリザベス女王の側近たちの殆どは肖像画を見ると髭を生やしている。チャールズ1世(1600-1649)は鼻の下の髭に合わせて小さくきれいに刈った顎髭を自慢にしていたことが広く知られている。彼の髭は高名なものになったが、清教徒革命による処刑を免れることにはならなかった。そして、17世紀後半から18世紀にかけて欧州は顔をきれいに剃り上げることに回帰し、理容師に大量の仕事を提供したのだった。

19世紀の初めに髭はまた繁栄を迎える。しかしこの時代の髭は、左翼、反資本主義車、革命論者と関係づけられるようになった。カール・マルクスの写真を見た通りである。

1850年代になると再び流行が変化する。欧州各地の革命が下火になり、ビクトリア朝時代の英国人たちは顎髭とムートンチョップスと呼ばれる、もみあげから大きく膨らんだ頬髯で口髭に繋がったものを熱心に取り入れた。髭は、権力、男性性、地位の象徴とされた。この時代の英国は、貿易、商業、産業が力を持つようになった時代であり、満ち溢れる自信と経済的成功の時代に男性性が表されたのだった。まさに「髭の頂点」を極めた時代だった。


髭とビジネス


企業に於ける髭の歴史も様々だが、基本的にはその時代の流行を繁栄したものになっている。1850年から1900年にかけて、英国のビジネスマンたちは顔面に何らかの毛を生やしていた。19世紀に遡る歴史のある英国の施設を訪れれば、その多くの場所で髭のある男性の肖像画を見ることが出来る。

20世紀になりエドワード7世の時代の人々はそれまでの顔全体を覆うような髭を拒絶し口髭を立てるようになった。実際的な面で、第一次世界大戦中にはガスマスクを適切に取り付けるために髭を剃るようになった。しかしそれでも口髭を残す人は多かった。英国のビジネスが混迷した時代の口髭だけを残してきれいに剃る嗜好は、2つの世界大戦によって中断され、帝国の喪失によって終わりを告げた。

続く世代は前の世代の嗜好から離れようとしていたが、1960年代から70年代にはヒッピーの影響によって再び顎髭に人気が集まるようになった。ビートルズがこの時代の流行を率いていた。1980年代から90年代には顔に毛を生やすことが流行しなくなり、きれいに剃られた顔が信頼に足るビジネスの象徴とされた。実際、アーキビストに聞いた所では、当時HSBCのような企業では「クリーン・シェーブ(きれいに剃る)」を社是にすらしていた。この時代はマーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンの自由市場の資本主義の時代で、女性が政治とビジネスに目立つようになった時代でもあった。

企業の肖像画は企業を代表する顔を反映し、その時代のビジネスマンやビジネスウーマンの流行を反映したものになっている。近年では企業がアイデンティティを投影する方法が変化していることも反映されている。もはや19世紀の銀行家に見られたような、髭のある中年の白人だけの肖像画が並ぶようなものではなくなっている。現在の銀行はより多様なイメージを表していて、女性や多様な人種の人々が含まれている。企業の肖像画は生き残っているが、それが組み込まれた社会の発展を反映するものになっている。

髭の流行が変化することはビジネスの機会が生まれることにもなる。理容師のサービスと髭に関する製品によって男性はスタイルを整えることになる。このことは男性が自身の外見により多くの時間とお金を費やす傾向を強くし、この傾向は衰退の兆候を示していない。だが、髭を生やすことの人気が高まることは剃刀の製造業者にとっては良いことではないかもしれない。

髭は伝統的に男性性を象徴してきた。21世紀のビジネスでは女性の進出が進んだこともあり髭が仕事上の不可欠なアクセサリーにはなることはないが、自身が選択するスタイルを主張することや、11月や12月に髭を伸ばすことで前立腺がんについて考えるMovemberやDecembeardのような慈善団体の資金調達のための積極的な手段に利用されいてる。

Evolutionary Biology」誌に最近掲載された論文で、全ての女性が髭を生やした男性を好むということに疑問が呈され、男性が髭を生やすことには実務以上の理由が何かあるのかもしれない。髭を蓄えることの動機が何であれ、髭はいつの時代も私たちの身近に存在するものなのである。

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