2018年1月23日火曜日

殺害事件をコソボ問題解決の契機にできるか


この悲劇の死をバルカン半島の最も難しい地域に恒久の平和をもたらすきっかけにすることができるかもしれない


Foreign Policy
EDWARD P. JOSEPH
JANUARY 22, 2018

2003年の3月、強力な犯罪集団を背景にしたスナイパーによってセルビアの若き改革派の首相、ゾラン・ジンジッチが暗殺された。この瞬間にスロボダン・ミロシェヴィッチの時代からのセルビアとこの地域の休戦協定は打ち切られることとなった。ジンジッチの後継者たちはセルビアを自己憐憫の過去に引き戻した。特に感情的になりやすいコソボ問題については顕著であった。

そして先週、コソボのセルビア人コミュニティの長期にわたる指導者オリヴァー・イヴァノヴィッチもまた暗殺された。これはこの国の北部の無法地帯に蔓延る強力な犯罪組織による犯行ではないかと見られている。過去のジンジッチのケースとは対象的にこの悲劇はコソボに恒久の平和をもたらすきっかけになる可能性がある。

話はベオグラードのセルビア政府から始まる。ベオグラードは昔支配していた地域から今でも領土を奪い取ることができるという幻想を今だに持っている。コソボは30年前にユーゴスラビアの暴力的な解体が始まった地であり、そのコソボに対するこの幻想がセルビアとこの地域を束縛している。この幻想がセルビアをEU加盟のための多大な努力から遠ざけロシアに付け込まれる隙を作っている。そしてコソボに対するこの幻想が究極的にはイヴァノヴィッチの暗殺に繋がったのである。

セルビアは1999年の2ヶ月半に及ぶNATOによる空爆でセルビア軍がコソボを追われた時から、この地域を本当の意味では支配していないのは事実である。セルビア軍が不在になったことで、復讐に燃えるアルバニア人は少数になったセルビア人住民に攻撃を加えた。多くの人達がイバル川を渡ってコソボ北部に逃れた、この地はセルビア人住民が多数を形成している。元空手のチャンピオンでセルビア自警団「ブリッジ・ウォッチャーズ」のメンバーであるイヴァノヴィッチの指揮下で、ミトロヴィツァの町ではアルバニア人のさらなる侵攻に対するための防衛線を引いた。セルビア人とアルバニア人はお互いに橋を渡って定期的に北部で衝突を繰り返し、この地ではアルバニア人は脆弱な少数派になることを実感するのだった。

NATOと国連はコソボ北部のミトロヴィツァの治安を自分たちで維持するのではなく、セルビア自警団に重要な交差点や居住区の支配を許し続けていた。知的で英語ではっきりと意見を述べることができ、コソボに済むセルビア人としては珍しくアルバニア語も流暢に話すことができるイヴァノヴィッチは特にトラブルが発生した時には国際社会に対しての重要な対話者となった。彼は引き続き国際社会の仲裁によるセルビア人とアルバニア人の和平交渉の担当者として従事していたが、常にセルビア人としての理想に忠実であり、交渉に怯むところを見せなかった。

このセルビア人の自警団ブリッジ・ウォッチャーズがこの地で踏ん張っている間に、ベオグラードのセルビア政府はコソボ北部の4つの自治体全てで、行政官への不透明な支払いとセルビア秘密警察の配備を通じて実質的な「秩序」を作り上げた。この統制が強化されるにつれて、挑戦的で過激な民族主義も強まっていった。コソボ当局への抵抗運動は戦略的な目標を持つようになっていた、それは独立したコソボから北部が脱退する機会を確保して置くことだった。

北部のどこでも見られる「コソボはセルビアである」という意味のキリル文字の落書きはコソボ北部が実質的に犯罪者が繁栄する不法の支配地である悲しい事実を隠していた。セルビア人たちはコソボの首都プリシュティナの指示を拒否して統制手段を大きく動かしたことで影の犯罪組織がこの地の真の権力者となった。腐敗、麻薬、悪行が今のこの地域そのものになっている。

イヴァノヴィッチは政治に従事していたが戦争犯罪を含む犯罪の汚名からはほぼ逃れていた。2014年にEUのコソボに於ける法執行機関であるEULEXが彼をブリッジ・ウォッチャーズの指導者としてアルバニア人の殺害を指示していたことで逮捕した時、人々はショックを受けたのだった。彼は自身の信念を訴えて抗弁することに成功し昨年の春に解放された。イヴァノヴィッチは再び政治の世界に戻り、繁栄を続ける犯罪基盤に狙いをつけていた。イヴァノヴィッチは昨年9月にセルビアの主要紙のインタビューで警察と犯罪集団の共謀を示唆している。「ミトロヴィツァ全土に行き渡っている脅威は最早アルバニア人ではなくナンバー無しのSUVを乗り回すセルビア人の犯罪集団だ。麻薬はどこの街角でも売られている。そして警察はただ見ているだけだ。明らかにこの犯罪者たちを恐れているか治安維持組織の一部が犯罪者たちそのものになっている」。

政治の異端児イヴァノヴィッチは標的となった。彼の車は2度燃やされた。2013年には彼の政党本部が放火された。その年イヴァノヴィッチはミトロヴィツァの市長に就任したが、その時には彼のアパートに暴漢が押し入り彼の妻が襲われた。昨年の秋イヴァノヴィッチは再び市長に就任したが、今度は政治的な攻撃を受けた。セルビア本国の強行主義者であるヴチッチ大統領に同調するイヴァノヴィッチの政治的敵対者がイヴァノヴィッチはアルバニア人のために戦っているのだと主張を始めたのだ。これによって彼の政党の仲間たちは脅かされることになり、イヴァノヴィッチのような勇気を持たない一部の党員は地方選挙を放棄したため、イヴァノヴィッチの政党は敗れたのだった。イヴァノヴィッチはベオグラードからの脅威と圧力からの一時的な急速を求めていた。

イヴァノヴィッチがミトロヴィツァの彼の政党事務所の前で暗殺者の凶弾に倒れたのは偶然ではなかった。イヴァノヴィッチを暗殺した犯人の身元は特定できていないがヴチッチ自身がこの殺人犯人がセルビア人である可能性を認めている。セルビア野党のリーダーであるネナド・チャナクはロシアがこの地域を不安定化させ続けるためにセルビア人の暗殺者を雇って殺害を指示したのだと推測している。2016年のモンテネグロで起きたクーデター未遂事件にロシアが関わっていた証拠を見ればこの推測は可能性のあることである。

ヴチッチはイヴァノヴィッチ殺害の調査にセルビアが参加することの許可を要求した。それが実現するかはともかく、ベオグラードは誰がイヴァノヴィッチに引き金を引いたのか直ぐに自分たちでわかる可能性が高い。この地域の他の国と同じようにセルビアは共産主義時代の超法規的な内部保安機関を保有し続けており、必要とあらばコソボ北部にまで出向いて活動することができる。問題はセルビアがより広範な真実を掴むかどうかである。それはコソボについての幻想が人種としてセルビア人を犯罪組織の手の中にある北部に残しているということである。

ヴチッチは7月にセルビアで敢えてコソボ問題を公にし、コソボについて「目を背けて」しまわないようにすること、「永続的な」解決策に向けて「内部対話」を始めること、そして、そのことでこの地域にとって利益をもたらすことを呼びかけた。しかしヴチッチのこの声明に従ったそのような開かれた対話や解決策の提示をする努力は残念ながら見られなかった。その代わりにベオグラードのセルビア政府が自治体の統合を主張し始め、これはアルバニア人が恐れている北部のコソボからの離脱を求める前兆であると見られる。言い換えると、すべての証拠はセルビアが領土を持ち去る合意案を取り付ける希望を今だに持ち続けているということを示している。

アルバニア人たちもこの幻想に取り憑かれた仲間である。アルバニア人がセルビア人に対し犯罪を犯した可能性を考えることを拒否し、アルバニアの政治政党は新たな戦争犯罪会議の設立に反対し続けている。更に、コソボ議会の単独第一党であるヴェテヴェンドシェ(「自己決定」)党はアルバニアとの統合を大声で主張している。この幻想的な解決策は直ちに北部のセルビア人たちの離脱を引き起こすだろう。そしてもしアルバニアがその離脱を阻止しようとするならば、セルビアはその対価としてスルプスカ共和国のボスニア・ヘルツェゴビナからの脱退を要求し直ちに内紛が再開することになる。例えベオグラードのセルビア政府とプリシュティナのコソボ政府がこの件で合意に至ったとしても、コソボの領土分割となればマケドニアに済むアルバニア人も統合の権利を要求しマケドニアとの領土問題も再燃させることになるだろう。更にコソボの分裂は自動的にボスニア内に住むセルビア人とクロアチア人両方の分離独立への趨勢を刺激することになる。

イヴァノヴィッチの殺害事件は魅惑的で危険な領土分離の幻想をついに打ち砕く機会になる。しかしヴチッチと彼の対角であるコソボのハシム・サチ大統領は自分から歩み寄ることはできないだろう。EUが乗り出してもアルバニア人は信頼していないし、セルビア人は尊重しない。現在EUが定期的に行っている対話は単発的なものでありどの回にもコソボの北部問題について現実的な見通しを提示できていない。コソボ紛争の最重要地点であるコソボ北部の問題は広範囲にわたる合意の形成ができてのみ解決できるものなのである。

そしてアメリカ合衆国だけがブリュッセル、ベオグラード、プリシュティナに強い影響録を行使して取引ができる、つまり、コソボが国連や他の国際機関に参加し、セルビアがEU加盟に前進することを可能にさせることである。特にロシアの脅威によりワシントンのアメリカ政府はもはやコソボ問題を欧州諸国に下請けする余裕がなくなっている。ゾラン・ジンジッチの暗殺はセルビアとその周辺地域を後退させた。アメリカのリーダーシップと欧州に緊急性の認識があれば、この地域が再度同じ運命に陥る必要はないはずである。


エドワード・P・ジョセフはジョンズホプキンス大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院(米国メリーランド州)の准教授であり上級研究員である。

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