2018年2月8日木曜日

ウィキペディアは科学論文に影響を与えている


ウィキペディア上の科学分野のページにある言い回しが論文に影響していることが調査で発見される


Science News
BETHANY BROOKSHIRE
FEBRUARY 5, 2018

ウィキペディアは、食事中の言い争いの仲裁役であったり、雑学を自慢しあっている時にズルをしたい人のための救世主であったりする。ナイル川の源流はどこの国?ガーシュウィンが「ラプソディ・イン・ブルー」を作曲したのは何年?ウィキペディアにはみんなが熱中する雑学の答えが全て揃っている、もちろん科学に関するものも含めて。

ウィキペディアは科学に関する何十万ものページがあり、例えばセルトラリンの分子構造、誰が3Dプリンタの発明者か、あるいは、プレートテクトニクスの理論が生まれてまだ100年しか経っていないという事実が手っ取り早く参照できるように提供されている。ウィキペディアは科学ファンや科学ブロガーにとっては宝の山と言っていいものだ。しかし科学者たちはウィキペディアを利用していたとしても、そのことを認めようとしない傾向にある。ウィキペディアは例えば、腸脳軸の歴史やポリ塩化ビニールの化学式のようなものでも論文に引用されることは滅多にない。

しかし科学者たちも人々と同じようにウィキペディアを閲覧している。ある最近の分析ではウィキペディアが最新の研究に基いて更新されている場合、ウィキペディアの記事の中の語彙が科学論文の中に見られることがあると言われる。このようなことは横着なウィキペディア利用の習慣を明らかにしたというだけのことではない。特に貧しい国々の研究が発達する上で広く使える無料の情報源として役割を果たしていることも示している。

中学校、高校、大学の先生たちは学生、生徒たちに「ウィキペディアは引用可能な情報源ではありません」ということを念を押す。ウィキペディアは誰でも編集することができ、内容は毎日変化することもある。時には句読点のような細部だけが変わっていることもあるし、時には一晩でまるっきり書き直されていることもある。「【ウィキペディア】は信頼に値しないという世評をもっています」とオーストラリア、メルボルンのラ・トローブ大学の生化学者トーマス・シャフィーは言う。

しかし大学の教授も含め、学生や生徒たちにウィキペディアを避けるように指導する先生たちも結局は自分たち自身で使っている。「学者たちも常にウィキペディアを使っていますよ、私たちも人間ですから誰もがやっていることはやります」とピッツバーグ大学のマクロ経済学者ダグ・ハンリーは語る。

ウィキペディアは信頼できないというのは不当な世評なのかもしれない。2005年のネイチャー誌の調査によれば、ウィキペディアはブリタニカ百科事典よりも一貫性があるとしている(この結論には百科事典側が強く反対している)。しかしながら情報源として引用するには今だに現実的ではない。「学問的な情報源として尊重されてはいないのです」とシャフィーは言う。

学問としての科学はウィキペディアを尊重していないのかもしれないが、ウィキペディアの方は科学が大好きである。ウィキペディアの英語版の全約550万の記事のうち50万〜100万は科学的な話題に関係している。そして数十万の編集者が絶え間なく追記し続けていることはこうした記事が最新の科学文献に沿って更新できていることを意味している。

ウィキペディアの記事にどのくらい新しい調査結果が反映されているかは簡単に知ることができる。それらは結局ウィキペディアに引用されているからだ。しかしその反対の関係はどうなるのだろう?ウィキペディアの科学的な記事は、引用を明示されずに科学文献の中に巣食っていくことになるのだろうか?ハンリーと彼の仲間であるMITで技術革新を研究するニール・トンプソンはこの疑問に2つの面から取り組むことにした。

最初に、彼らは科学出版の大手エルゼビアから出版された文献のうちよく使われる科学的な単語を定めた。そしてハンリーとトンプソンはその中からどの程度同じ単語が時間とともにウィキペディアに追加されるか、または、削除されるかを調べて記録した。彼らは経済を統計的に試験する新しい分野である計量経済学と化学とに焦点をあてて研究を行った。

科学文献で使われる言葉とウィキペディアで使われる言葉とには明らかな関連性があった。「何か新発見があり、それが刺激的なものであると、ウィキペディアに新しいページが作られます」とトンプソンは語る。その新しいページで使われた言い回しはその後の科学的研究に繋がって引き継がれる。ハンリーとトンプソンは、ウィキペディアにページが公開された後に発表された科学論文はウィキペディアにページができる前に発表された分野のものよりもウィキペディアの記事に近い言い回しが使われていることを明らかにした。ウィキペディアの記事とその後の科学論文の言い回しには明確な関連性が存在したのだ。

しかしこのことでウィキペディアがこの言い回しの源になっていると言えるだろうか?このことはその答えにはなっていない。これは単に別な場所で同じ単語の使用が同時に増加していることを観察しただけである。これは科学者たちがウィキペディアを読んで、仕事に利用しているという証明にはならない。

そこで彼らはウィキペディアに新しい記事を一から作成しそれが科学文献に影響を与えるかどうかを調べることにした。ハンリーとトンプソンは化学と計量経済学を研究する大学院生にウィキペディアにまだ存在しない話題について記事を書いてもらった。大学院生たちは化学で43、計量経済学で45の記事を書いた。それらの記事の半分を2015年1月にウィキペディアに公開し、残りの半分は比較調査用として公開せず留めた。研究者たちはそれらの記事を3ヶ月の間インターネット上に浸透させようとした。そして、その後6ヶ月の間にそれらの分野で出版された科学論文について、公開されたウィキペディアの記事で使用されている特定の言い回しについて調査を行い、公開されなかった記事の言い回しとの比較を行った。

少なくとも化学については新しい話題は人気を集めたようだ。ウィキペディアで公開されたページも公開しなかったページも大学院レベルの化学の話題についてウィキペディアにまだ掲載されていなかったものを選んだものだ。これには(抗出血性薬の前駆体である)ヒドラスチンの合成のような内容が含まれていた。これらのページは平均して月に4400回の閲覧回数を得るくらいの興味を惹いた。

その記事に使われた単語はその後の科学文献に流れ込んだ。その後6ヶ月の間に発表された化学分野の論文でおよそ300語に1語は影響を与えていた。そしてウィキペディアで記事になっている主題についての科学論文は時間とともにウィキペディアの記事にやや近いものになっていた。例えば、今回新しくウィキペディアに記事が作られたヒドラスチンの合成について化学者が書いた論文では、ウィキペディアで使われていた「Passarini Reaction」のような言葉が頻繁に登場した。しかしウィキペディアに掲載しなかった分野についての科学論文が、ウィキペディアに掲載していない記事に似ているということは起こらなかった(単にもっと人気がある分野であれば、似たものになっていた可能性がある)。ハンリーとトンプソンはこうした研究を9月26日にソーシャル・サイエンス・リサーチ・ネットワークに査読前のプレプリントとして公開した。

残念ながら今回はウィキペディアが計量経済学の分野にどう影響を与えたかは数値が得られなかった。「最先端の研究分野を狙ったつもりだったのです」とトンプソンは言う。しかしこれはどうやら最先端過ぎたようだ。ウィキペディアに作った新しい記事は化学分野の30分の1の閲覧数だった。トンプソンとハンリーはこの記事から何らかの結論を導き出せるような十分なデータを得ることができなかった。次回には計量経済学に幸運がありますように。

ウィキペディアと科学文献との関係は全ての地域で同じというわけではなかった。ハンリーとトンプソンは科学論文を書かれた国の国内総生産によって分類したところ、ウィキペディアは経済的に脆弱な国においてより強く科学論文の語彙に影響を与えていることを発見した。「ここから考察するなら、比較的豊かな国であれば学術機関であらゆる専門誌やその基礎となっている科学文献に当たることができるということです」とハンリーは述べている。貧乏な国では高価な専門誌を手に入れる余裕がなく、そうした国の科学者たちはウィキペディアのような公に利用可能な情報源により強く依存しているということかもしれない。

ウィキペディアに関する今回の研究について「優れた研究設計と堅実な分析」であるとイングランド、リーズ大学でデジタル政治学を研究するヘザー・フォードは評価する。「私が知る限り、これはウィキペディアと科学の発展が強く関係していることを考察した最初の論文です」。しかし彼女は、今回わかったのは化学についてだけだと言う。ウィキペディアの影響は分野によって異なる可能性がある。

「人の気持ちというものには長いこと論点になっていますが、それを捉えて検証するのは難しいものです」とシャフィーは言う。この関係を言い回しによって追跡することは、アイディアや概念をウィキペディアから横着にコピーしたことを見つけることとは同じことではないと彼は説明する。「決まりきったことを言うようですが、もう少し研究が必要だと言わなければならないでしょう。ですが、このケースはおそらく真実なのだと私は思います」。

ハンリーとトンプソンは直ぐに同意するだろう。「私はこれを最初の一歩だと考えています」とハンリーは言う。「このことはウィキペディアが単なる受動的な供給源なだけではなく、知識の進歩に影響を与えるものであることを示しています」。

この調査結果は科学者達が自分たちの専門分野についてウィキペディアの記事を編集する理由になるとトンプソンは記している。「ウィキペディアは化学についての巨大な資源であることを私たちは認識する必要があると思います」とトンプソンは言う。「ウィキペディアの科学の記事をできる限り良いものにし、完璧にすることにすることには価値があります」。良くできた科学に関する記事は単に言い争いを仲裁してくれるだけではない。それらは科学の進歩を助けることになるかもしれないのだ。結局のところ、本人が認めようとしなかったとしても、科学者たちは見ているのだ。

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