2019年7月3日水曜日

タイセイヨウセミクジラを襲う凄惨な死


全個体数の1%以上になる6頭のタイセイヨウセミクジラがこの6月に死骸で発見された。状況は悪循環に陥っている。


The Atlantic
ED YONG
JUN 27, 2019

頭の上にコンマやダッシュのような点の模様がついているので、彼女はパンクチュエーション(句読点)と呼ばれていた。彼女は世界に411頭と見積もられるタイセイヨウセミクジラのうちの1頭で、その中でもちょうど100頭ほどしかいない子供を産むことが出来るメスだった。少なくとも8頭の子供を産んでいて、2頭の孫がいた。2019年6月20日、彼女はカナダ南東部のセントローレンス湾に浮かんでいるのが発見された。おそらく40才くらいだっただろう。解剖からの一時診断では船に衝突して死亡した可能性が高いことが示唆されていた。

6月はタイセイヨウセミクジラの保護活動に携わる人にとって苦悩の月となった。尾についた3箇所のスクリューによる傷跡にちなんでウルヴァリンと名付けられた9才のオスも6月4日同じ海域で死んでいるのが発見されていた。体側面の長い傷に因んでコメット(彗星)と名付けられた34才のオスの死骸が火曜日(6/25)に発見され、それと一緒にまだ名前がつけられていなかった11才のメスの死骸も発見された。彼女はちょうど子供を産める年齢になるところだった。そして昨日(6/26)、ケベック州のアンティコスティ島近隣で無名の16才のメスが死んでいるのが確認された。そして今日(6/27)、同じケベック州のガスペ半島で監視中の飛行機が更にもう1頭死んでいるのを発見した。6月に6頭の死亡が確認され、推定個体数の1%以上をこの1ヶ月に失ったことになった。

「正直に言って言葉がありません」と北米でクジラ・イルカの保護活動団体を主導し、1990年からタイセイヨウセミクジラを研究しているレジーナ・アスムティス=シルヴィアは話している。「破滅的な状況です。今ではタイセイヨウセミクジラの数よりもこのクジラに関わって働いている人間の数の方が多くなってしまいました」

種としてどれだけの死を許容できるものなのだろう? 研究者たちは、タイセイヨウセミクジラが安定した個体数を維持する上で、年間何頭までの死を許容できるのか、その頭数を推定している。「その数字は0.9%です」と国際動物福祉基金のサラ・シャープが述べている。そして、この1ヶ月だけの間に6頭が死亡している。「このペースの損失にこの種は耐えることができません。すぐにでも絶滅してしまうのではないかと非常に心配しています」

パンクチュエーションは別として、他の5頭のクジラが死んだ原因ははっきりしていない。ウルヴァリンの解剖結果ははっきりしないものだったし、他の4頭はまだ調べられていない。自然死の可能性は低い。この種のクジラの寿命は80〜100年とされているがどの個体もそこまでの年齢に達してはいなかった。ちょうど先週、シャープは同僚たちと一緒に2003年以降に死亡したタイセイヨウセミクジラ70頭の死因を分析した論文を発表した。それによれば、そのうちで死因を特定できたのは43のケースで、さらにそのうちの38は2つの原因に絞られていた。それは船との衝突と漁業用の網や罠などに巻き込まれたことによるものだった。

パンクチュエーションの孫として知られている2頭のうちの1頭は2000年に漁網に巻き込まれて死んでおり、もう1頭は2011年に背中にスクリューによる深い傷を受けているのを見られている。パンクチュエーションの子供の1頭は2016年に船によって死亡し、彼女自身は最終的に船に衝突して死亡するまでに、5回に渡って巻き込まれ、2回船にぶつかっている。

船との衝突、巻き込まれ事故。こうした言葉からはこの出来事がもたらす傷の恐ろしさは伝わりにくいかもしれない。シャープが研究したクジラのうち6頭は船によって頭蓋骨を砕かれていて、3頭は背骨を折られていた。6頭はスクリューによって深い傷を受けていた。子供だった1頭は尾全体を切断された。スクリューによる傷を受けて生き残った1頭は、14年後妊娠した時に胎児の成長によって傷跡が裂けて致命的な感染症が引き起こされた。

巻き込まれ事故も酷い結果をもたらしている。ロープは時間と共に徐々に足ひれ、尾、頭、さらには口の中にあるクジラのヒゲにも喰い込んでいく。頭頂の噴気孔を裂かれて呼吸に影響が出たり、水中にいる間に水が流れ込まないようにする機能が不全になったりする場合もある。こうして死に至る場合は痛みを伴い、それも時間が長い場合もある。「これは単に種の保全だけの問題ではなく、動物福祉の問題でもあります」とシャープは言う。「クジラは人々の視界には入りにくく、気にかける人は少ないため彼らが苦しんでいる実情を多くの人が見ることはありません。猫や犬が道端で大怪我をしているのとは状況が違いますが、クジラにどれだけ悪いことが起こっているのか多くの人に知ってもらうことは重要なことです」

動きが緩慢で大人しく、脂質を多く持ったタイセイヨウセミクジラは捕鯨の標的として最適で、20世紀初頭までに狩りつくされかかり絶滅の危機に追い込まれた。1937年に狩猟が禁止され、個体数は安定したが本当の意味で回復することはなかった。少しの間上向きになった後、2010年以来個体数は減少を続けている。それは、おそらくクジラの行動が変化したことが理由になっている。

このクジラは通常初春にアメリカ東部のケープコッド湾を訪れ、東海岸を北上してファンディ湾に向かう。その一貫した動きに合わせて、輸送航路を調整したり特定の時期に漁業を規制したりすることで彼らを守るのは難しいことではなかった。しかし、近年では温暖化の影響で彼らの食料源が枯渇し、彼らは保護されていない危険な北の海域に向かわざるを得なくなっている。

2017年は17頭という前例のない死亡頭数を記録した上、生まれてきたのは5頭だけだった。昨年はさらに3頭が死亡し、子供は生まれなかった。しかし、今年の冬は7頭の子供が確認されていた。「事態が好転しそうな兆候が見えたために、私たちは一息ついたところでした」とアスムティス=シルヴィアは話している。しかし、ここ数週間の出来事はその希望を大きく挫くものだった。「非常に辛いことは、今回の死亡例の全ては未然に防ぐことができる可能性があったことです」

約10年前、アメリカではクジラが見られる場所では時期に合わせて10ノットの速度制限を実施していた。これにより衝突は減り、重傷を負うクジラの数は減少した。クジラがカナダの海域に移動し始めた時、カナダ運輸省は航空機からの目撃情報に基づいたより動的な制限を設定しようとしていた。6月に5頭目の死骸が発見された後、即座に65フィート(20メートル)以上の船舶に対して、セントローレンス湾の2つの航路で10ノットの速度制限が実施された。この規制の監視体制は強化されていて違反行為には$25,000の罰金が課される可能性がある。「学ぶには高すぎる代償でした」とアスムティス=シルヴィアは言う。

そして彼女は巻き込まれ事故の方は更に防ぐのが困難なのだと言う。最大の脅威はロブスターやズワイガニを取るための海底の罠と海上の浮きを結ぶ垂直のロープである。以前はカナダ政府はロブスターやカニの罠猟を前年多くのクジラが見られた「固定の区域」で規制していたが、今後は一時的に個体が見られた場所で「動的な区域」で規制を行う準備をしているところだった。しかし、5頭の死骸が見つかったのはこうした準備された区域の中ではなかった。

カナダ水産海洋省のアダム・バーンズは今日(6/27)の記者会見で今週の日曜日(6/30)にセントローレンス湾でのズワイガニ漁を停止し、ロープを定置させる罠の使用は殆どなくなると述べている。長期的には、いくつかの会社や調査団体が、水揚げする時にだけ紐で罠を水面に集めることができるような通常はロープを使わないの罠の開発を進めている。「これで巻き込まれ事故の問題の90%は解決されるはずです」とアスムティス=シルヴィアは話している。

カナダ水産海洋省のマシュー・ハーディは、同省はクジラの位置を正確に知るために精力的な監視活動を続けていると付け加えた。これまでのところ、世界のタイセイヨウセミクジラの個体の3分の1がセントローレンス湾にいると見られている。しかし、彼らの正確な居場所は年ごとに変化しているように見える。アスムティス=シルヴィアはこのことを不安視している。「他の個体は何処にいるのでしょう?」と彼女は言う。「カナダでは対応が進められていますが、私たちにはわからない何処かに問題が潜んでいることを心配しています」

「彼らがどこにいるのかわからないというのは珍しいことではありません」とシャープは話す。「そして、願わくばそれがはるか沖合で、航路や罠から離れたどこかであって欲しいと思います。何にせよ、私たちには適切な保護を実施する場所を知っておく必要があるのです」

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