2019年7月17日水曜日

体重を減らすのはなぜこんなにも難しいのか


マウスを用いた新しい研究によれば、ダイエットが何度やっても上手くいかない根本的な原因は意志の力ではなく細胞生物学にあるのかもしれない。


The Atlantic
AMANDA MULL
JUL 16, 2019

アメリカに伝わる体重を減らすための伝統的な知恵は単純なものだ。体重を落としたいなら摂取するカロリーを必要量より少なくする、そして、将来的に減った体重を維持するためにはカロリーの摂取量を適度に抑えればいい。この考え方を支持する人にとっては、生物学的に無限に複雑なはずの人体の活動は栄養を貯めておく巨大な豚貯金箱のように機能しているようだ。体重が増えすぎた人や減らしすぎてリバウンドしてしまった人は単にカロリーバランスの確認に失敗しただけであって、脂質の多い食べ物や炭水化物を我慢すれば是正することができるということになる。

内分泌学者たちの間では、何十年も前から体重の科学はカロリー制限やエネルギー消費の計算よりも遥かに複雑なことであることが知られている。そして2016年には体重に関する不安定な複雑さが全国の注目を集めることになった。ダイエットをテーマにしたテレビのリアリティ・ショー「The Biggest Loser」の出演者に対する調査が行われ、出演者たちは番組から数年後には、番組内で減らした体重の大部分か全部を取り戻していただけでなく、他の同じ体重の人たちと比べて遥かに低い代謝機能を持っていた。本人たちの意志に反して、彼らの体は体重を取り戻すために戦っていたのだった。そして、その理由は誰もわからなかった。

ニューヨーク大学の内分泌学者であるアン・マリー・シュミットは研究チームと共にこの謎を解くべく取り組んでいる。今日(2019/7/16)発表された新しい研究結果で、シュミットらは実験用マウスを使って体重の増減を司る分子による構造を読み解いて、ダイエットや過食を含むストレスがかかった場合には、あるタンパク質によって動物が脂肪を燃焼する機能が遮断されていることを発見した。この発見は、人間が体重を減らすこと、そして減らした体重を保つことがこれ程までに難しい理由を知るための鍵になるものかもしれない。

1992年、シュミットは糖尿病の合併症について研究をしている最中に驚くべきものを発見した。人間やその他の哺乳類は、脂肪細胞の表面に終末糖化産物受容体(RAGE)と呼ばれるタンパク質を持っていて、これが身体の代謝及び炎症反応に関して、それまで考えられていなかった役割を果たしているように見えた。最終的にこのタンパク質は糖尿病に無関係な組織にも存在していることが明らかになり、そのことはRAGEが数多の慢性疾患の原因になっている可能性を示唆していた。

シュミットは最新の研究で、従来通りの普通のマウスのグループと、RAGEに関わる神経経路を削除したマウスのグループに分けて、2つのグループの体重を調査した。全マウスは同じ高脂肪の餌を食べて同じ量の身体活動をしていたにも関わらず、後者のグループのマウスは前者に比べて体重の増加が70%少なく、血糖値が低く、エネルギー消費も大きかった。通常のマウスは代謝にブレーキがかかり、RAGE経路を削除したマウスに比べて多くのエネルギーを燃焼させることができなかった。

RAGEは人間を含む哺乳類を守るために進化したとシュミットは考えている。次の食料が保証されていない環境で生きるためには、体に資源を保持する能力は有益なものになるはずだ。「ですが、飽食の時代で栄養が十分な時にも、この受容体は依然として存在し、エネルギーを貯め込んで使わせないようにするという残念な役割を果たしていることになります」と彼女は説明する。必要性がある場合に身体が自然と資源を節約することは理に適っているが、少なくとも現代では、幸せな食事の後に人が同様の代謝の低下を経験することは少々残酷なことのようにも思える。

また、シュミットは、以前に彼女が研究したRAGEの影響による慢性的な炎症は、私たちの寿命が遥かに短かった時代には有用なものだった可能性を推論している。こうした反応は短期的な健康を確保するもので、かつてはそのことが問題の全てだった。「生物が生まれてから高齢になるまで生きることがなかったために、生き延びて長生きする想定が必要なかったのです」とシュミットは言う。慢性炎症疾患のような既知のRAGEの影響による疾患は、40代までしか生きなかった人類の幸福には特に意味を持たなかったかもしれない。

シュミットは彼女のマウスを使った発見を人間の治療にまで変換する作業は長い時間と慎重なプロセスを伴うものになると考えているが、実現の可能性については楽観的だ。今回の研究で彼女が使ったRAGE経路が削除されていたマウスから比較的少量の褐色脂肪組織を通常のマウスに移植することによって、RAGE経路を削除することができることが今回の研究でわかっている。これは代謝性及び慢性の炎症疾患を患う人の治療法として有望なものだ。

コロンビア大学の教授で内分泌学者であるウトパル・パジバニは、今回の研究結果はマウスを利用した発見であり人間でどうなるかはまだわからないと断った上で、シュミットと同様にRAGEの今後については楽観的に語っている。「このデータは非常に興味深いものですし、肥満の流行はストレスがかかると飢餓を防ぐために進化上の要請が起こることによるという仮説とも一致しています」と彼はメールに書いてくれた。「今回の研究で(シュミット氏の)素晴らしい業績が更に追加され、脂肪細胞上のRAGEによるシグナルの伝達を減少させる方法は人間に恩恵を齎す可能性を示唆しています」

数千年を経て、哺乳類はしばしば挑戦的になる環境に対処するためにRAGEのようなものを発達させてきたのかもしれない。最近わずか数世代の間に大幅に寿命が伸びた人類にとっては、それは恵みであり災いでもある。現代の人々は、進化論上の速さで人間の能力が進化する速さの限界よりも遥かに速い速度で環境が変化する中で生きている。今回シュミットが発見したようなことは科学者たちが人々が時代に適応する必要性を満たすプロセスを早めることに役立つかもしれない。

こうした進歩が人々の生活を向上させる最良の機会を得るために、シュミットは、減量することは単にカロリー摂取を抑えて後は意志の強さの問題なのだ、というような余りにも単純な文化信仰を支持して人間の複雑さを軽んじる傾向に注意を促している。「減量することは非常に難しいことなのです」と彼女は言う。「体に良いことや悪いことを学び、そして時には良いと思っていたものが悪いことに繋がることを理解することができて初めて、全体像を把握して人々の生活を安全な形でより健康により良いものに変えることができるのです」

0 件のコメント:

コメントを投稿