2019年7月29日月曜日

読書:誰もが嘘をついている


誰もが嘘をついている
ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性


セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ 著
酒井泰介 訳


2018年2月20日 初版1刷発行

この本の著者のインタビューを読んで、2回ブログに書いたことがある。


この表題だけ見ると、アメリカ人批判の本のようだが、そうではなく著者がアメリカ人で用いたデータの中心がアメリカのものだからそうなっているだけである。

このインタビューの内容が興味深かったのでこの本を読んでみたいと思っていたが、幸いにも日本語訳が出ていて読むことができた。インタビューの時の印象と同じく、スポーツやセックスといった割ととっつきやすい話にジョークも交え、文章も割と軽い感じに書かれている。とはいえ内容はかなり深遠である。いずれにせよ期待通り面白い本で私の個人的な興味と嗜好にも合っていた。もちろん「それは違うんじゃないの?」と感じるところもあるのだが、それも含めて思考を刺激された。著者の肩書は特に定まっていないようだが、文中からすると、エコノミストか、データサイエンティストということだろうか。Google で働いていたこともあるらしい。

この本の題名「誰もが嘘をついている」というのは、表立って言えないことは例えば社会学の調査でも人は正直に言わないことが多いし、行動にも移さないことが多い。だが、そんなことでも Google で検索することはあるという話である。基本的に Google 検索に入力された言葉から人々について分析するというのがこの本の主題だが、それ以外にもポーンハブの検索結果のようなデータも扱っている。こうした所謂「ビッグデータ」を解析して、人間の本人も気づいていないような思考や行動、実態に迫るというものである。最近、一時期よりも「ビッグデータ」という言葉は聞かなくなったが、その言葉としての意味も、その存在の意味と利用価値もこの本を読んでいると非常にわかりやすい。その中から得られたデータと実態との相関について様々な例が挙げられているが、序盤に書かれていた、黒人差別用語である、ある単語が検索上位にある州では、ドナルド・トランプの支持率が高いという関係を地図に表したものは恐るべきものだった。

そもそも人が Google で検索する時というのはどういう時なのだろうか。この本で全体の傾向とされているものは実際には「 Google で検索した人の傾向」のはずだ。母数が小さすぎて凄く意味がなさそうだが Bing で検索する人、DuckDuckGo で検索する人の傾向は別にあるかもしれない。それはともかく、上のトランプの例などを見ると、Google 検索から得られる示唆の信憑性はかなり高そうである。

人々が密かに苦しんでいるのではと思うたび、私はグーグル検索データに向かう。この新たなデータとその解釈法を知ることの利点の一つは、さもなければ当局に見過ごされかねない弱者を助けられるかもしれないことだ。

このビッグデータの分析からアメリカの男性の5%はゲイというか男性に魅力を感じている可能性があるという話が、その結果に至るまでかなり詳しく説明されている。5%というとかなりの数で、20人に1人だ。つまり男友達が20人いたらそのうちの1人は必ず、ということはそのうち19人がそうでないならば最後の人は必ず男性に魅力を感じている人である… ということではない。別にギャンブルじゃないが、これこそが「ギャンブラーの誤謬」というやつで、最後の1人が「男性に魅力を感じる」可能性はやっぱり5%である。

この本には後半こうした分析結果を利用することの危険性についてもきちんと書かれている。ビッグデータから確かに大きな傾向はわかる。そしてそれは既に Google やその他ソーシャルメディア企業の収入源として嫌という程実用化されていることからも有効なのはわかるし、医療分野などではこれから更に人道的に大きく貢献する使い方があるかもしれない。この本には「人工知能(AI)」という言葉は全く出てこないのだが、こうした分析は AI と既に組み合わされているはずで、そこから悪くも良くも今からは考えつかないようなものが現れることもあるだろう。

だが、このデータと分析結果に基づいて個人と接してはいけないのだと思う。どの州の出身の人が将来的に収入が多くなるかや、Wikipedia に項目ができるような有名人になるか、といった話も書かれているが、それはこの本の中でも再三言われているが、その州で子供を育てればそうなれるという話ではない。5%だった確率が7%に上がるという話だし、本人にその気がなければまったく関係ない話のはずだ。結局個人については本人に会ってみなければその人のことは全くわからない。

人にはそれぞれ「本音と建前」がある。もちろん「本音」の方が重要なのはわかるが、「建前」は単に本音を隠すためだけの無駄な存在ではないし、何でも「本音」で語れるようになれば全てが良いというものではないはずだ。隠すべき邪悪な「本音」を人には見せないように、強く生き抜く人もいるだろう。私個人は自分で人種についても性別についても差別主義者だと思っていないし、そういう行動を取らないように心がけているが、心の中の深層でどう考えているのかは自分でもよくわからないし自信もない。もしかすると、Google 検索では思いがけず差別的な用語を検索しているかもしれない、でも、そのことで責められたくはない。

この本では最後の方に「証券市場の動きを予想できるか?」という話が書かれている。そして、ビッグデータを用いてもおそらくそれは無理だという話が詳細に書かれている。既に証券会社は近いことをやっているはずで、それでも難しく、何が相関しているのかを見極めるのも難しいようだ。だが、仮にこの本の著者が「証券市場の動きを予想できる」何かを掴んでいるとしたら、この本にその内容を書いただろうか? もしかすると物凄いヒントを得ているかもしれないが、隠しているだけなんじゃないのかなどと、読み終わって本の表題を見直して考えた。


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