2019年8月9日金曜日

「マノスフィア」から極右思想を考える


女性差別主義が潜在的に銃乱射犯の養成に寄与している。


The Atlantic
HELEN LEWIS
AUG 7, 2019

「銃乱射事件を起こす人の殆どは男性」英国の女性権利団体の元リーダー、ソフィー・ウォーカーはニュージーランドのクライストチャーチで銃が乱射されて51人が殺害された事件の後にこうツイートした(Mother Jonesのデータベースによると1982年以降アメリカでの大量殺人犯の数は女性が4人で男性が111人となっている)。その反応として、彼女は大量の怒りのメールを送りつけられ、「性別を弄んでいる」のだという非難を浴びた。あるBBCのジャーナリストは彼女に対し「今は性別について語るのに適切な時ではありません」と語りかけた。

この問題を「性別の問題に結びつけた」のは彼女だけがやったことではない。銃乱射事件の犯人たち自身がそうしているのだ。

フェミニズムは退廃であり、西洋文明を破壊するものである、という考えがある。女性は子供を抱えて男性に傅くのが自然な役割であり、強い男性が力を通して世界を守るものである。こうした考え方は過激主義者が集まるウェブサイトではどこでも見かけるし、実際に銃乱射事件を起こした人物の言葉としても残されている。反フェミニストの言辞は、暴力的な白人国家主義の入り口として強力に機能し、銃乱射事件に圧倒的に関わっている人々、つまり若い白人男性に対して強くアピールしていることは統計的に計算可能なものになっている。

クライストチャーチで虐殺行為を行った28才の男性は、「The Great Replacement(大置換)」と題した自己正当化の文章を長々と書いていた。その文章は「それは出生率だ。それは出生率だ。それは出生率だ。」という書き出しで始まる。テキサス州エルパソで22人を殺害した21才のアメリカ人男性は、動機を明らかにした4ページに渡る文章を書いていた。この文章の一貫したテーマは「アメリカに住む民族の中で最高に近い出生率を持つ侵略者である」ヒスパニック系の人々を危険視していることだ。この殺人犯は「この攻撃の動機は個人的なものではない。実際『The Great Replacement』を読むまではヒスパニック系のコミュニティーを標的にはしていなかった」と書いている。

両者が引用する右翼陰謀論はフランスの著述家ルノー・カミュによって有名になったもので、この説は白人以外の民族が白人よりも多くの子供を持つことで、結果として人口割合の変化が西洋の文化を脅威にさらすことになることを警告するものだ。この考えはオンライン上の極右の間でミーム化されていて、様々なグループが「侵略者」として槍玉に挙げられる。バージニア州シャーロッツビルのネオナチは「ユダヤ人どもを我々に取って代わらせない」と唱和し、クライストチャーチの虐殺犯にとってはイスラム教徒が、エルパソの犯人にとってはヒスパニック系の移民が脅威とされていた。

この人口置換理論の上では、白人女性の性的資質と生殖能力のコントロールが極めて重要になる。女性の性行動及び出産の自由はそれ自体が文明への脅威として扱われるゆえに、反フェミニズムがオンラインで極右思想の入り口として語られるのは驚くに値しない。「ミソジニー(女性嫌悪)は主に最初の一歩として扱われています」とノースカロライナ大学でオンライン上の極右思想を研究しているアシュリー・マタイスは話してくれた。「あなたには何かをする義務があるはずだった、あるいは、あなたの人生はこうなるべきだったはずだ、なのにフェミニストどもが変なことをするおかげでそれができないのだ」

ある種の募集活動の場となっているのが「マノスフィア(manosphere)」として知られる動きの集まりだ。英国の反過激主義慈善団体「Hope not Hate」は彼らの報告書「State of Hate」の最新版の中で、これがすでに十分に深刻な力を持つものになっていると考えている。「これは、とらえどころが非常に難しい運動なのです」とHope not Hateの研究者であるサイモン・マードックが話している。「緩いつながりの運動で、オンライン主体であるために大抵は匿名で行われています」

マノスフィアは新聞のコラムでは殆ど触れられないような生ぬるい反フェミニズムから、賛美される極度のミソジニーへと広がりを見せている。マノスフィアを主導する人物は極右思想のイベントに登場し、その逆も同様だが、この2つのつながりは人員の共有というよりも考え方の交流の現れと言える。

若い男性がオンラインでこうしたコミュニティの深みにはまり込んでいくと、反フェミニストのメッセージは人種差別的なものへと変貌するのだとマタイスは指摘する。「一度、『社会正義を守る戦士』の考えに触れて、フェミニスト運動が男性の生活を不安定にさせているのだという考えに取り憑かれてしまうと、それは時間と共に『西洋社会』を不安定化させ危険に晒すものだという考えに移行していくのです」と彼女は言う。

こうした考えはYouTubeの動画、8Chanのような匿名の掲示板、Facebookのグループ、Twitterアカウントなどで広められている。インターネットのエコシステムの中でこの考えは陰謀論者たちによって切り刻まれ、より飲み込みやすい形で更に再循環され続ける。例えば、カミュによる一冊の本ほどの長さになるバージョンの「The Great Replacement」は、カナダの極右活動家ローレン・サザンによってYouTube動画に纏められ、60万回以上の再生回数を稼いでいる。サザンは突然現れた人物ではない。彼女はYouTubeに認証アカウントを持ち、5月にはドナルド・トランプによってツイートがリツイートされた。

反フェミニズムと極右思想が重なっているのは、どちらも人種と出生率を取り巻く、現実に観察可能な現象をその論理の中に織り込んでいるからだ。実際、出生率は先進国全体で低下している。高等な教育を受けた女性は産む子供の数が少なくなる傾向がある。男性が妻と子供を経済的に支えることが前提だった「家族の賃金」という概念は消え、働く女性は男性に依存することなく経済的自由を享受するようになっている。多くの女性たちが虐待だったり、なんらかの事情で耐えられない男性との関係をより簡単に(多くの場合、依然として簡単でもないが)解消できるようになった。生殖能力と銀行口座が管理できる女性は男性に従属する必要はない。

そして、「性の革命」と呼ばれるものが存在する。簡単に言えば、西洋社会の中では女性は基本的に誰とセックスするのか自分で選ぶことになった。つまり、家族、宗教、国家のようなものから押し付けられることがなくなった。現代の極右団体は保守的なイスラム教コミュニティを攻撃対象にすることが多く、英国でも「イングランド防衛同盟」を含むいくつかの団体はしばしばイスラム法シャリーアにの違法性を訴えている。だが、彼らの考え方には逆説的に女性の性的自由が制限されている社会に対する賞賛が混ざり合っている。マタイスによると、極右の中にはイスラム教徒の男性が女性を支配下に置いていることについて、そのことで「彼らの文明は上昇している(一方で)西洋の文明は衰退している」のだと主張する者もいるという。

反フェミニストの考え方が極右団体の人員募集ツールとして非常によく機能していることには次の3つの理由がある。第一に、この主張は人気のある主張の1つとして特別な地位を確保しているのだ。社会の主流の中にある程度受け入れられていて、反発を最小限に抑えつつ発言することが可能な上に、先鋭的で因習打破的に響かせることができる。例えば英国では、女性は男性よりも知能が劣るという考え方を表明することは、人種による知能の差を主張するよりも反発が少ない。慈善団体Hope not Hateの教育担当チームは英国内の学校や大学でこの主張を直接目にしている。「学生たちにとってフェミニズムへの反対を表現することは比較的簡単なことなのです」とマードックが話している。「黒人への人種差別はもう少し複雑な問題になることがわかっているのです」。同時に女性差別は政治的文化的エリートたちからは忌避されるため、それを表明することはエリートたちに対して反旗を翻すように感じられる。オハイオ州デイトンで9人を殺害した24才の男性は、「ポルノグラインド」と呼ばれるジャンルのバンドに所属していて「女を屠殺する6つの方法」などという名前の曲を演奏していたという。更に彼は「強姦リスト」を学生仲間と共有していたことで学校から停学処分を受けていたことが伝えられている。

第二の理由は、反フェミニズムが実際の不満感への対処として提案されていることだ。匿名掲示板である4chanのようなサイトの中では、傷ついた若い男性について語るための言語そのものが進化している。「『ステイシー(従来の性的魅力が溢れた白人女性)』は『チャド(スポーツだけが得意な男性)』とデートし、無視された『ナイスガイ』たちは『フレンドゾーン』に置かれる」というような感じだ。フェミニストを自称する男性は「マンギナ(男性+女性器)」や「ホワイトナイト」などと呼ばれる。こうした男性たちがフェミニストの女性とデートしているのを見た場合、「女たちは騙されているのだ、女は奴らのような『ベータ男性』ではなく、本物の男が好きなはずだ」ということになる。なぜ女の子たちは私と一緒に寝てくれないのか? という疑問が傷つけられた権利を訴える形で現れ、それが、なぜ女を統制することができないのか? という考えに繋がる。

最後の理由は、反フェミニストのイデオロギーは、全方位的に陰謀論に用いることが可能なことである。これはオンライン上で反ユダヤ主義が栄えている事情と似ている。実際には女性は現状でも政治に於いて大きく過小評価されているにも関わらず、フェミニストは政府の全ての決定に影響力を持っていると考える人がいる。分裂して多様になっているマノスフィアのそれぞれの拠点に於いて、「彼らが一致していることの1つは、フェミニズムに対する陰謀論的な見方です」とマードックは言う。「彼らはそれを男女平等のための運動とは考えていません。男性を統制するための偽装だと考えているのです」

この世界に踏み込んだ若い男性は「懐柔のプロセス」を通過することになるとマタイスは言う。彼の人生についての不満は女性のせいである、ということになり、「この道に堕ちてしまうと、気候変動についてや、何でも企業や誰かの利益に基づいている、といった大量の陰謀論が待っています」。これはオンライン上の陰謀論に一般化できる特徴だ。実際に存在する問題が、ある1つの原因によるものであるとされる。それが「女性統治」だったり「大置換」だったりするのだ。

オンライン上の極右イデオロギーは、他の陰謀論的な思考と同様に、様々なアイディアをあちこちから借りてきた矛盾を含む乱雑な蜘蛛の巣であり、合理主義や新無神論運動などの他のグループの思考から知的理論を借用している。彼らは、人間は非合理的であり、事実よりも感情を優先する傾向があるという。そして、彼らの支持者は政治的な正しさを求める上で、もはや科学的真理を語ることは役に立たないと主張したりもする。こうした運動のリーダーの殆どは男性であり、このことは長い間、男性は知的な存在であり、女性は感情の存在であるとされてきたことに無関係ではない。

古い伝統を考慮した場合には、反フェミニズムは男性が知能的にも身体的にも優れているという「真実」に変換され、歴史を通じて男性がより大きな政治力と富を持ってきたことが正当化される。フェミニズムは自然に反し、破壊的であると運命づけられているのだ、ということになる。マタイスはこの考え方とイスラミック・ステートのようなイスラム原理主義テロ組織の考え方に興味深い相似性を見出している。宗教に於いての男性優位は神聖的に定められているのに対して、世俗的な方では生物学が根拠とされ、男性と女性の脳の違いということになる。いずれにせよ「これが彼らの世界観の根底にあるのです」とマタイスは言う。どちらのイデオロギーも「男性が強くあるためには、女性は適切な位置にいなければならない。それが社会を良い状態にする」と説いている。マノスフィアは不満を持った若い男性に、心地よく、ノスタルジックな展望を提供してくれる。恐るべき速さで変化するこの世界に秩序を回復してくれるのだと。

今回話を聞いた研究者たちは皆、極右と反フェミニストのイデオロギーの様々な系統の区別を整理する必要性を強調していた。「反ジハード」運動を研究しているスウォンジー大学のエリザベス・ピアソンは、最近フェミニズムの中で話題になっている新しい用語「toxic masculinity(有害な男らしさ)」という言葉の使用について注意を促している。彼女は、これが「問題のある男性を示す暗号」のようになったと言う。この言葉が指し示す人の多くは、イスラム教徒の男性か白人の労働者階級の男性である。そうした人々が「難しい」人たちとされ、疎外され排除される可能性があるという。彼女が恐れているのは、極右の台頭に対する反射的な反応が、9/11の後に「今後問題になる人々」を特定することによって行われた反過激主義と対テロ政策の失敗を繰り返すものになってしまうことだ。「toxic masculinity」のような分類は、非暴力的で過激でない男性の大部分を疎外することになると同時に、多くの人の不満を解消したり、影響を受けやすい個人が極右化することの対処にはほとんど役に立たないという。

こんな中、銃乱射事件がさらに続いていることは見通しを暗くしている。だが、多少の慰めはないこともない。今回話を聞いた研究者たちは、反フェミニズムと極右の関係は真剣に取り上げられる課題になっていると話してくれた。この関係を理解することは私たちが過激主義に対処するために役立つはずだ。私が女性差別に基づく攻撃行為と反フェミニストのミームについて書き始めた2013年には、こうしたものは純粋にインターネット上の現象であり深刻な問題ではないという認識が広く受け入れられていた。現在では著名な女性が、オンライン上で作られ育んできた方法によって現実の世界で嫌がらせを受けているためこうした見解は下火になっている。

反フェミニストやその他の過激主義者グループによって広められたミームや考え方が政治の主流の中に進出していることも明白だ。2017年、ニューハンプシャー州議会議員だったロバート・フィッシャーが「The Red Pill」と呼ばれるRedditの反フェミニストフォーラムに攻撃的なコメントを残していることをデイリー・ビーストが伝え、彼は辞任した。フィッシャーと見られるユーザー名の人物は、女性の人格を「ぱっとせず、退屈で、日々の生活に目的意識を持たない」ものだとして攻撃し、男性に対しては、偽レイプの訴えを避けるために、セックスの相手を記録しておくことを推奨している。

2016年の大統領選挙期間中の共和党の議論を研究したマタイスはこの「偽レイプ」の修辞と似たものが使われているのを発見している。トランプは選挙運動の初期に、メキシコのレイプ犯についての不安を煽り移民制限の必要性を強調していた。こうした出来事によって、マノスフィアからスタートしたものが、今や現実の政治権力を持っていることを残念ながら確認することになる。かつては対象が的はずれだとして取り上げられなかったマタイスの研究は、時と共にますます重要なものになっている。今やっと私たちはその理由に疑問を持ったところなのだ。

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