2019年10月20日日曜日

奇妙な原因で起こる摂食障害


連鎖球菌性咽頭炎のような一般的な感染症が拒食症や過食症と謎の関係を持っている。


The Atlantic
OLGA KHAZAN
OCT 18, 2019

2007年、ノバスコシア州ハリファックスの病院に努めていた医師のカルロ・カランダンは見たこともない患者に出会うことになった。ある8才の少年が奇妙な信仰を持つようになり18ポンド(約8.2kg)も体重が減っていたのだった。彼は看護師たちを「邪悪」であると考え、自分の脂肪細胞を通り過ぎるだけで他の人に注入できると考えていた。

この少年の症状は数ヶ月前から始まっていた。現在はデータサイエンティストとして働くカランダンによると、学校で健康な食についての授業が行われた時から、彼は食品のラベルを詳しく調べるようになり、脂肪分と炭水化物を避けるようになったという。彼は自分が太り過ぎていることを心配し、一日中でも自分の腹回りを鏡で確認していた。彼は母親が食べ物を押し付けてくることを疑い、自分の食事は全て自分で準備するようになった。それから彼は1日200カロリーしか摂取していなかった。

また、この少年は奇妙な痙攣が起こるようになり、腕をバタバさせて口を叩きながら彼が「不浄」と思ったものを口から戻すのだった。カランダンはこの少年が以前から不安症で連鎖球菌性咽頭炎を繰り返していたことを認識していた。だが、摂食関連の症状は通常の不安症に伴うものを遥かに超えたものだった。少年は病院に入院したが、カランダンと彼のチームが彼を治療するには数カ月を要した。最終的にこの少年は連鎖球菌性感染症を抑えるために扁桃腺を摘出する必要があった。そしてそれと同じ頃、彼の摂食障害は収まったのだった。

この患者についての報告書の中で、カランダンはこの少年はPANDAS(pediatric autoimmune neurosychiatric disorders associated with streptococcal:小児自己免疫性溶連菌感染関連性精神障害)の症状を見せていると書いている。PANDASは連鎖球菌性咽頭炎の後に時々子供が発症する強迫性障害である。PANDASによる状態は研究が進んでいるが、感染症による心理的症状が摂食障害を引き起こしたことは珍しいことだった。

他の研究者たちからも感染症になった後の子供の摂食障害について別なケースが報告されている。1990年代後半、クレイトン大学医学部の教授メイ・ソコルは連鎖球菌性咽頭炎の後に摂食障害が始まった患者が何人かいたことを報告している。ソコルが担当した12才の患者は、突然、脂質と液状のものを食べることを恐れるようになり、30ポンド(約13.6kg)も体重が減った。その症状が始まる1ヶ月前、彼の上気道には未治療の感染症があった。同様に上気道に感染症を持った16才の患者は、突然体重増と「動物の死骸が食事に出てくること」を心配するようになったという。

これらのケースは感染症とそれに続く摂食障害に関係があることを示唆しているが、子供が感染症に罹ることは至極よくあることで、摂食障害の原因は多面的であるため、この2つを科学的に結びつけるのは困難だった。そしてこれは直感に反している。何故、喉が痛くなると痩せることに非合理的に拘るようになるというのだろう? しかし、今年の大規模な調査でカランダンとソコルが担当した少年たちは単独のものではなかったことが明らかにされた。実際に感染症は一部の人に摂食障害を引き起こす可能性があるのだ。

マサチューセッツ総合病院の臨床心理学者ローレン・ブライタップはデンマークやノースカロライナなどから集まった研究者たちと協力して、1989年から2006年の間に生まれた525,643人のデンマーク人の女子の病歴について調査を行った(デンマーク人の男子は摂食障害の割合が低すぎたためこの分析には含めなかった)。研究では少女たちの医療記録から、リウマチ熱、連鎖球菌性咽頭炎、ウイルス性髄膜炎、マイコプラズマ肺炎、コクシジオイデス症、インフルエンザ、等に罹って病院に入院したことがあるかどうかを調べ、摂食障害になったことがあるかどうかも調べた。

2つの病気の関連性はすぐさま明らかになった。米国の場合と同様に少女たちの中で摂食障害と診断された人の数自体は多くなかった。だが、重度の感染症で病院に入院したことがあるティーン世代の人は拒食症と診断される可能性が22%高く、過食症と診断される可能性が35%高く、拒食症、過食症の診断基準を完全には満たしていない摂食障害を持っている可能性が39%高くなっていた。摂食障害は感染症が起こって直ぐに起きる傾向があるため、こうした患者たちは感染症で入院してから最初の3ヶ月が最も危険性が高いということになっていた。

ブライタップらの研究によって、感染症、強迫性の行動、摂食障害の間に関係があることは明らかにされたように見える。実際、ブライタップは心理学者としての仕事の中で、感染症を患った後に「食べ物や体重、体型について融通が利かない考えや印象を持ったり、食べ物や自身の体の脂肪について過大な心配をしている」患者を見てきたという。カランダンのPANDASの患者も同様に、まず食べ物に執着し、その後それを避けることに固執するようになった。

感染症が摂食障害を誘発する理由は正確にはまだわかっていない。ブライタップは感染症それ自体か、それを治療するために使われる抗生物質が患者の健康と病気に影響を与えるマイクロバイオーム、つまり腸内の微生物に混乱を起こしているという説を提唱している。この混乱は腸内を巡回する神経ペプチド(neuropeptide)と呼ばれる化学物質の量を変える可能性があり、腸は脳と交信するので、脳内を循環する神経ペプチドの量も変化する可能性がある。突き詰めれば、そのことによって人が食べ物や自分の体について違った考えを持つようになるということだ。

おそらく他のメカニズムも機能している。有力な説の1つは、感染症に対するその人の体の免疫反応が脳に侵入するというものだ。体は危険なバグを検知すると、その侵入者を破壊するためのタンパク質を生成する。しかし、こうして作られるタンパク質の中には私たち自身の細胞を攻撃してしまうものもある。一部の科学者たちは、感染症が拒食症や過食症の原因となる理由はこうしたタンパク質が脳内で嫌悪感や空腹感による衝動を制御する部分に侵入することだと考えている。そのタンパク質が脳組織を攻撃して、「もうお腹が減ってはいません」衝動、あるいは「自分の体型にはもううんざりだ」衝動のスイッチをオンにするのかもしれない。

こうした説明に直接の証拠はなく、現在は単なる推論でしかない。そして仮に理論のどれかが正しいと証明されたとしても、研究者たちは、感染症に罹った人の中でなぜ少数の人たちだけが摂食障害を起こすのか、という謎を解き明かさなければならない。また、摂食障害のある人全てが近いうちに感染症に罹っているわけではない。

人々に元々ある要因が感染症後に摂食障害を発症する原因になっているのかもしれない。「遺伝的に強迫性障害や拒食症のリスクが高い場合、感染症の後にその脆弱性が現れるのかもしれません。これは1つの可能性です」と、マサチューセッツ総合病院で小児神経精神医学及び免疫学プログラムを主導するカイル・ウィリアムが話している。

原因が確認された場合、今回の発見は最終的に摂食障害の治療に影響を与える可能性があるため、ブライタップは医師たちに摂食障害の患者には長引いている感染症が存在しないか確認するように指導しているという。また、この研究結果は摂食障害に関する考え方を大きく変える可能性がある。専門家の殆どは拒食症や過食症が心理的要因に深く根ざしていることは認めているものの、摂食障害の患者には自分を飢えさせるほど「虚栄心が強い」という汚名に直面させられる人もいる。自ら髄膜炎に罹るようなことをしたと非難される可能性は低くなるかもしれない。同じように、純粋に虚栄心から衝動的なダイエットを実行してしまった人にも抗体が歪んだ状態に陥っている人がいるかもしれない。

英国ランカスター大学のジム・モリス教授は、今回の研究を摂食障害の患者の治療に応用することを考え始めるには、まだ答えなければならない疑問があまりにも多く残されているという。それでも、この研究は私たちの脳が私たちの体に如何に密接に関わり合っているかについての考察を促してくれるものだと言う。身体的なものと思われる問題にも心理的側面があるかもしれない、心理的なものと思われる問題には身体的な原因があるのかもしれない。

「病というのは生物学的要因、社会的要因、心理的要因、全てが相互作用して起きるものだと言われています」とモリスは言う。「そしてそのことは精神疾患にも当てはまるのだと思います」

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