2019年3月28日木曜日

科学の名の下に受刑者の脳に電気的な刺激を与える


脳に直接働きかけるニューロインターベンションの時代が来ている。これは刑事司法制度を改善するものなのか、倫理的な悪夢なのか?


Vox
Sigal Samuel
Mar 9, 2019

スペインの科学者たちが受刑者を対象にした実験の準備を進めている。必要な許可を得ることができれば、受刑者の額に電極を接続し脳に電流を流すことも含めた実験を今月中に開始する予定だ。電流は脳の中で意思決定と社会的行動についての役割を持つ前頭前皮質に向けて流される。今回のことは、この刺激により受刑者がより攻撃的でなくなる可能性があるという考えに基づいている。

この技術は経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation:tDCS)と呼ばれ、脳に直接働きかけるニューロインターベンションの一つの形態である。ニューロインターベンションを刑事司法システムの中で利用することは大きな論争を呼ぶものだ。近年、科学者と哲学者たちはこの行為が倫理上問題ない状況が存在するかどうか議論を重ねている。

今回のスペインの研究チームは受刑者に対してtDCSを行うことになるが、既に試験的な研究は実施されていて、1月にニューロサイエンス誌でその発見内容が公開されている。そして、殺人などで有罪判決を受けた受刑者12人を含む対象者について継続して研究を行う準備が整えられていた。水曜日(2019/3/6)に、ニューサイエンティスト誌はスペイン政府、刑務所当局、大学倫理委員会からの許可を得たこと伝え、この実験の今後について報じた。その翌日、内務省は方針を転換しこの研究を保留にした。

ウエルバ大学の精神分析医でこの研究を主導しているアンドレス・モレロ=チャミソは、政府のこの思いがけない判断は何が原因だったのか突き止めたいと話している。彼は「受刑者たちが極めて高いレベルで攻撃的」であることを理由に、この実験は理に適っているのだと考えている。

彼は、tDCS(痛みは伴わない)を実施することで、刑務所から暴力が減り、犯罪者のリハビリとして機能して最終的に刑務所から出ることができる可能性を考えれば、受刑者たちにとっても良いものであると考えている。

この望みを持っているのはモレロ=チャミソだけではない。受刑者にニューロインターベンションを実施したいと考える人の多くは、犯罪者たちが集団で投獄されていることは道義に反することであり、しばしば逆効果でさえあるという考えをその動機にしている。罪を犯した人々にはより人道的な扱いが必要であり、処罰ではなく社会復帰を目的としたアプローチが必要だと考えている。それ自体は崇高な目標であるといえる。

しかし、受刑者に対してtDCSのような技術を試すことは重大な倫理的懸念を引き起こす。哲学者たちは記事や著書でこの件について多くを論じてきた。過去を振り返っても刑事司法に於いて生物医学的なインターベンションが用いられたのは、欧米で行われている性犯罪者に対する性欲減衰薬を用いた化学的な去勢に限定されている。ここ数年の間に、神経科学が進歩して犯罪者に対して幅広く適用できる可能性が高まったために、倫理学者たちはその道徳的限界を探っている。

モレロ=チャミソの研究に参加しているすべての受刑者は事前に同意書に署名しているボランティアだが、同時に彼らは本質的に強制される立場にある。倫理学者たちは、こうした状況下でこのような実験に対して受刑者から意味のある同意を取ることができるのかどうかを疑問視している。


どのような効果があるのか


内務省がこの実験について再度許可を与えることになれば、すぐに実施されることになる。精神分析医が参加している受刑者の脳に1日15分ずつ、3日間続けて電流を流す。この衝撃は穏やかなものであるとモレロ=チャミソは言う。「いかなる悪影響もありません、おそらく皮膚が少しチクチクする程度でしょう」

この実験の被験者には心理学の学生も含まれている。受刑者たちと同様に、彼らも手順の説明を受けて同意書に署名をしている。モレロ=チャミソは、彼らは無給のボランティアであり、tDCSプロセスの効果を直接体験することに興味を持っているモレロ=チャミソ自身の研究室の学生も含まれている。

電流を用いる前に、参加者たちには「私は今にも爆発しそうな火薬樽のような気分になることがある」というような質問が書かれた質問表に回答してもらい、実験の終わりに同じ質問表に再度回答してもらう。研究者たちはtDCSの効果を評価するためにこの反応の違いを分析する。

別な言い方をすると、研究チームはこのニューロインターベンションが実際に受刑者たちの暴力的な衝動を軽減できたのかどうか述べることはできない。利用可能な最善の方法として、攻撃性を自己申告してもらうことに依拠している。これは理想的な方法ではないのかもしれないが、暴力を追跡することの倫理的な問題と実施の困難さを考えれば理に適っていると言える。

モレロ=チャミソはコルチゾールの量を見るために、参加者から唾液のサンプルを採取することも希望している。コルチゾールは攻撃的な衝動に関わる可能性があるストレスの指針となる。しかし、彼はこの件については倫理的な承認を得ていない。これは木曜日に内務省が研究全体を停止する前から未解決のままになっていた。

モレロ=チャミソは今回提案された実験と似たものを以前に実施している。この実験で、1日に15分ずつ、3日間続けて前頭前皮質に電気的な刺激を与えることで自覚的な攻撃性が減少することを発見した。この被験者は15人の殺人犯を含む41人の男性の受刑者であり、学生は含まれていなかった。比較群の受刑者には電極を額に繋いだだけで、電流を流すことはしなかった。唾液のサンプルは採取していない。

モレロ=チャミソは最初の実験の限界だと彼自身が考えているものに対処するために、新しい実験の設計を行った。ニューロサイエンス誌に掲載された論文には以下のように書かれている。

この実験では、一人の研究者しか刑務所に入ることが許されず、二重盲検法のための機器が利用できなかったため、単盲検法になっていた。… 比較群に受刑者でない人が含まれていたことで結果が強調されていた可能性があり、そして、このインターベンションが病理学的に増幅された攻撃性の軽減にのみ効果があるのか、あるいはより一般的な影響があるのかという質問に答えるのを助けていた。この刺激についての長期的な効果については調査できなかったため、将来の研究に於いてはそれぞれの影響の期間を調査するために、異なる時点での観測を含める必要がある。

同様に、最初の実験では、前頭前皮質の活動が電気的な刺激を通して増加した時に何が起こるのかを観察していただけだった。新しい実験では、意図的に活動を低下させた時に何が起こるのか記録することを目的にしている。


一連の研究に於ける倫理的問題


この研究には科学的な問題とは別に考慮すべき重大な倫理的問題が存在している。

その中でも最大のものは同意についてである。受刑者というのは立場上自らの意志に反して強制された状態に置かれているのであり、そのことは彼らから意味のある同意を取ることを著しく困難にしている。

オタワ大学の神経倫理学者ロランド・ナドラーは受刑者たちが同意書に署名をする場合、ある種の心理的な脅迫状態に陥っている可能性があるという。「全ての刑事被告人は更生への進捗を示し、より軽い判決を得ようとする理由と意欲を持っています」と彼は言う。「効果さえあれば、それが正式な形での取引の見返りである必要はありません」

また、このニューロインターベンションを利用する上での別な懸念は、深く問題を抱えていることが明らかな刑務所のシステムを改善するための負担を受刑者に正面から押し付けることである。刑務所そのものの問題点を解決することは免除される一方で、受刑者の脳に変更を加えることを期待することになる。

「私にとっては昔からの難しい倫理的なジレンマです」とナドラーは言う。「ある種の苦痛を即座に解消する技術を利用できる可能性が、体系的な問題を修正することから道徳的に緊急の危険性をもたらす、というものです」

しかし、哲学者の中にはニューロインターベンションが犯罪者を大量に収監していることを抜本的に解消するためのツールになり得ると指摘する人もいる。膨大な数の受刑者たちの攻撃的な衝動が簡単に解消されるというなら、これだけ多くの人々をこれだけ長くの間、塀の中に閉じ込めておく必要がなくなるのは明らかなことだ。モレロ=チャミソは、彼のチームが行う最小限のニューロモデュレーションは「簡単で、安価で、何処でもできる」ものだと主張する。

モレロ=チャミソによれば、彼の研究が続けられればもっと幅広く一般の人々に応用できる可能性があるという。tDCSが反社会的な行動を抑制することに効果があることが証明されて、それが規制当局に承認されれば、「刑務所、病院、そして自宅でも実施することが可能です」と彼は言う。

これが望ましい結果を生むかどうかという問題は、道徳を向上させるというより大きな議論の一分になっている。哲学者の中にもジュリアン・サヴァレスキュやイングマル・ペルションのように、私たちは自分たちをより道徳的な種にするためには新しいツール(薬物、手術、その他)を開発する義務があるのだと主張する人もいる。そうでなければ、気候変動やその他の地球規模の壊滅的な事象を通じて絶滅してしまうというのである。

一方で、生物医学的なインターベンションは私たちの自由意志を先細りさせるものだとして反対する人たちもいる。自分自身をより道徳的にするためのツールが手軽に利用できるようになれば、道徳的にそれを利用することが求められるようになり、そうなれば、医療に服従するように社会的に強制されていると感じるようになる。生命倫理学者のジョン・ハリスは、彼自身が「私たちが転ぶための貴重な自由」と呼ぶ、私たちが道徳的でない選択をする脳の能力をこうした「治療」によって駆逐してしまうことによって、私たちの自由な意志も駆逐されてしまう可能性があるのだと主張している。

「この問題は映画『時計じかけのオレンジ』のような作品の中で考えられてきたものです」とナドラーが指摘する。「社会によって規定された基準に合うように節操なく変化するシステムを私たちが不安に思うのは当然のことです」。しかし、彼は「そこに代償のない解答は存在しないのです」と言う。

今回のこの話は非常に多くの問題を孕んでいる。1つ確かなことはニューロインターベンションの時代が来ていて、それが最初に受刑者に向かっているということだ。

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