2019年2月13日水曜日

イスラエルはユダヤ国家であり白人至上主義国家ではない


イスラエルを「ユダヤ人至上主義」の国として認識することは、ユダヤ人やユダヤ教を拒絶することにはならない


Al Jazeera
Tony Greenstein
8 Feb 2019

ヨアフ・リトヴィン氏による「シオニストは『ユダヤ人至上主義』ではない」という記事には大いに賛同するところがある。疑いなくシオニズムというのは植民地主義の時代が終わろうとしている時に出現した現代の植民運動である。シオニズムが19世紀後半のヨーロッパの植民地主義と人種差別主義の時代に起きた反ユダヤ主義に対する反応であったことも事実である。そして、その反ユダヤ主義に対する反応とは、蒸気機関が蒸気を利用するように反ユダヤ主義を利用しようとする試みであったこともまた事実だった。

シオニズムはユダヤ人を生物学的な人種として扱っていることも事実である。ユダヤ国家の神話とは人種的なもの以外に何があるだろうか?ユダヤ人たちが地球上のあらゆる国々に暮らし、その大半の言語を話していることを考えれば、シオニストの価値観として人種以外の何がユダヤ人同士を結びつけていることになるだろう?

私は更にリトヴィン氏に同意する。シオニズムは人種差別主義や現実の虐殺行為を正当化するために無慈悲にもユダヤ教やその一部を都合よく付け込んで利用している。これらのこと全て、そして更に多くのことについて私たちは同意できるはずだ、だが私は、国家としてのイスラエルを形作る上でシオニズムはユダヤ人至上主義ではなく白人至上主義である、という考えには同意できない。この話には根拠がない。リトヴィン氏は現実を希望的観測に置き換えている、これは議論を構成するための基礎として良いものではない。

もちろん、イスラエルのユダヤ人たちの中では、セファルディム系/ミズラヒム系のユダヤ人に対してや更にファラシャ(エチオピア人)に対する差別が存在する。しかし、ユダヤ人同士の間に人種差別は存在するものの、イスラエル社会の中の重大な分断は黒人と白人の間にではなくユダヤ人と非ユダヤ人の間にあり、それは特にイスラエルのユダヤ人とパレスチナ人の間の問題である。これは必然的なことだ。

帰還法はあらゆる人種のユダヤ人がいつでもイスラエルに移住することを認めている。黒人か白人かは問題ではない。イスラエルの国民になることができるのはユダヤ人だけであり、イスラエル国土の約93%は非ユダヤ人が法的に立ち入りを禁じられてユダヤ人の国土とされたものだ。もちろんイスラエルの中で最高の土地はアシュケナジム(白人)によって占有されている。シオニズムは確かに白人至上主義に汚染されているが、これは二次的な問題であり最も重要なことではない。

私たちはこれを政治的な側面から観測できる。セファルディム系(南欧系)のユダヤ人たちは公然と人種差別主義的なナショナリスト政党に投票する一方で、アシュケナジムの(衰退しつつある)一部の人々は「最左翼」のシオニストと見なされるイスラエル労働党やメレツに投票している。イスラエルで見られる現象はアメリカのディープサウスと呼ばれる地域で知られている現象だ。セファルディムやアラブ系のユダヤ人たちはプアホワイトのメンタリティとして知られるものを表している。確かに彼らは白人のユダヤの兄弟たちによって抑圧されているのだが、そのことはアラブ人やパレスチナ人への憎悪を強めることだけに繋がっている。

リトヴィン氏はシオニズムは明確に世俗的な考えに基づいているものだという。これはその通りだがそうではない。最初期からのシオニズムは、後に宗教的シオニストセクターとなったものとの間で大きな妥協をした。それは昔も今も宗教がシオニストのパレスチナに対する主張を正当化する強力な要素であるからだ。イスラエル労働党の指導者だったダヴィド・ベン=グリオンがクネセトの議席120のうち65を獲得して多数派を形成した時、彼は国家宗教党(NRP)と連立政権を作ることを選択した。1949年から1977年までイスラエルは労働党と宗教的シオニスト政党との連立政権が与党にいた。

イスラエルの創設以来、正統派の宗教指導者ラビたちがユダヤ人とは誰かという問題について独占的に支配してきた。誕生、結婚、そして死までの全ての個人的な問題は正統派の代表者たちの手に委ねられている。それは改革派の宗教指導者ではない。なぜか?それはイスラエルはユダヤ人という「人種」の概念に基づいた国家であることが理由になっている。かつて南アフリカやナチス・ドイツでも同じように誰が白人で誰がアーリア人であるかを定義する必要があった。

それぞれの「人種のエキスパート」と共に、ナチス・ドイツにはニュルンベルク法があり、かつての南アフリカには人口登録法があり、そしてイスラエルには帰還法がある。イスラエルではラビたちが誰がユダヤ人で誰がそうでないのかを決定するのである。

2016年のピュー研究所による調査の結果で最も興味深いが最も言及が短かったものに次のようなものがある。イスラエルのユダヤ人の46%が第一に自分自身をユダヤ人として見ていて、35%が第一に自分自身をイスラエル人として見ている。そして、79%がユダヤ人は優遇されるべきだと考えている。言い換えればイスラエルのユダヤ人たちはアイデンティティの危機を抱えている。このことはイスラエル自体が「国民性」を持っているわけではないが、世界で唯一のユダヤ人国家とされている以上驚くようなことではない。

リトヴィン氏は更に次のように主張する。「この虐待的で白人至上主義的な原動力を維持するために、シオニストの扇動家たちはイスラエルがユダヤ教及び全ユダヤ人を代表するユダヤ人の国家であるという反ユダヤ主義的な誤謬を喧伝した。この根本的な虚報はシオニストのプロパガンダの根底である」。残念なことに彼は2つの別な概念を合成してしまっている。イスラエルはユダヤ人に非ユダヤ人以上の特権が与えられている限りはユダヤ人の国である。しかし、イスラエルは全ユダヤ人やユダヤ教を代表するものではない。

なぜそう言えるのか?アルスター/北アイルランドはプロテスタントの国だと描写されるしストーモントの国会議事堂で開かれる議会は「プロテスタントの人々のためのプロテスタントの国会」と呼ばれる。そうであればイスラエルはユダヤ人の国である。かつての南アフリカは同じ意味で白人のための白人の国だった。

このことは人種差別主義とセクト主義がプロテスタント固有のものであることを意味するのか?あるいは、アパルトヘイトは白い肌の人に固有のものなのか?もちろんそうではなく、同じように差別はユダヤ人に固有のものではない。しかし、民族浄化、搾取、そして先住民の排除を基にしてユダヤ人の(プロテスタントの/白人の)入植者の一団によって国家が形作られた時、入植者の性質がどういうものであれ、宗教/民族/人種はその後に続く抑圧を決定づけ正当化させるのに使われることになる。

「仮にシオニストたちが言うように、イスラエルが実際にユダヤ教と全ユダヤ人を代表し『ユダヤ人至上主義』を表しているということを受け入れるならば、親パレスチナである人々はユダヤ人であることもユダヤ教も拒否しなければならないことになる」と述べるリトヴィン氏は論理的な誤りに陥っている。

肝心なことは私たちはシオニストの主張を受け入れてはいないということだ。英国の主席ラビであるエフライム・ミルヴィスがシオニズムとユダヤ教とは絡み合ったものだと主張したとしても、イスラエルは全ユダヤ人とユダヤ教を代表するものではない。このことはシオニストを拒否することはユダヤ人やユダヤ教を拒否することとは関係がないことの理由になっている。今日の最も歓迎される現象は、イスラエルとシオニズムに対して世界のユダヤ人たちが距離を置き始めていることだ。

シオニズムが初めて現れた時、正統派のユダヤ教徒たちは激しく反意を示した。ミュンヘンのラビたちはその地で開催される予定だった第一回のシオニスト会議に異議を唱え、会議はスイスのバーゼルに場所を移さなければならなかった。この1世紀の間にユダヤ人のアイデンティティが変化しているように、ユダヤの宗教も変化した。ユダヤ人のアイデンティティに関するシオニズムの主張は論争になっている。

白人の人種差別主義者とシオニストたちは長い間利害を共にしてきた。シオニズムというのは西洋帝国主義のお気に入りの息子だった。バルフォア宣言の著者であるアーサー・J・バルフォアも周知のごとく反ユダヤ主義者で人種差別主義の帝国主義者だった。1905年に彼は首相として東欧からのユダヤ人の移民を抑えるために外国人法を制定した。

今日、クー・クラックス・クランの元総司令デービッド・デュークのような人種差別主義者はユダヤ人の至上主義を一般的なものとするためにイスラエルのユダヤ人至上主義を利用としようとしているし、リチャード・スペンサーのように自身をホワイト・シオニストであると主張する白人至上主義者も存在する。しかし、こうしたことはイスラエルが白人至上主義者国家であるという意味ではない。

私たちがピッツバーグ・シナゴーグ銃撃事件やシャーロッツビルで起きた事件で見てきたことを考えれば、白人至上主義者というのはユダヤ人とシオニズムを区別する以上の存在である。例えばピッツバーグのユダヤ人たちは難民支援のために集まっていた。世界中にいるユダヤ人たちにもシオニズムが侵入してきているにもかかわらず、殆どのユダヤ人たちはまだリベラルであり多文化主義的な考えを採っている。

世界中にいるユダヤ人のディアスポラたちがシオニズムを支持したのは600万人のユダヤ人が殺害されたホロコーストの結果によるものだった。しかし今日、私はイスラエルによる国外のユダヤ人への掌握がますます弱まっていることを主張したい。だからこそ、私たちは「Jewish Voice for Peace(平和のためのユダヤ人の声)」のような団体が成長するのを目にしてきたのだ。

同時に、アメリカのシオニスト運動が黒人解放に向けて戦う人々を彼らの敵と見做していることは当然のことだ。アメリカでの人種差別との戦いはアメリカの帝国主義との戦いでもある。

パレスチナへの連帯を呼びかける活動家と黒人の反人種差別運動の共闘は、ユダヤ人のホロコースト生存者である故ヘディ・エプスタインのような人の活動を見れば自然なことである。しかし、私たちは、黒人たち、パレスチナ人たち、反シオニストそれぞれの戦いを同じものであるふりをして共闘するようなことはするべきではない。これらはお互いに補完可能なものだが同一のものではないのである。

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